00-17.対決
視聴覚教室での授業を終えると昼休みだ。紗矢は自分の教室に教材を戻すと、職員室棟二階の食堂で手早く昼食を摂る。食器を片付けて食堂を出ると、体育館一階の武道館の裏の空き地へ向かうために昇降口へと急ぐ。
途中、三階への階段を登っていく美郷と絢人の姿を見かけた。心なしか美郷の背中が震えているように見えて、それで彼女がフラッシュバックを起こしてしまったのだと紗矢は見て取った。そう言えば彼女のクラスでも今日は歴史の授業があったはずだった。
だが彼が一緒にいるのなら、きっと彼女の心に寄り添ってくれるだろう。彼に任せておけば心配ない。
紗矢はそのまま昇降口で上履きを靴に履き替え武道館裏へと急いだ。できれば彼より先に行って防護結界を張っておきたい。
「遅かったな」
だが残念なことに、理は既に待ち構えていた。
「お招きいただきありがとう。
それで、何のご用なのかしら?」
何食わぬ顔をして紗矢はとぼける。とぼけながらも、彼の身の回りの魔力を感知するのを忘れない。
霊核は視えず、霊炉が稼働している様子もなく、魔術でそれらを隠している風もない事から考えても、やはり理は魔術師ではない。それに何より、彼の身はもう暗黒の魔力を纏ってはいなかった。
ということは、彼はやはりあの時だけしか黒魔術のデータを使っていないのだろう。
「とぼけるなよ。お前がオレの身辺を探っていることくらい、こっちはお見通しなんだぞ」
「あら、何の証拠があってそんなことを仰るのかしら?」
彼がどこまで知っているのか、まずそれを探り出さないと。うかつに言質を与えられない以上、何とか聞き出さなければ話にならない。
「あくまでもとぼけるつもりか。まあいい。こっちはお前の秘密を握っているんだからな」
理が仄暗い笑みを浮かべる。
もう一押し、言質を取らなければ動けない。
「私に何の秘密があるというのかしらね?むしろ、貴方のほうが秘密をお持ちなのではなくて?」
「秘密?…ああ、佐土原のことか。
まさかあんなに上手くいくとは思わなかったがな。ハハハ、アレは痛快だったなあ!」
やはり佐土原先生の死に彼が関わっていた。おそらく彼が黒魔術で呪詛して死ぬように仕向けたのだろう。
だがこの様子だと、呪詛のデメリットは知らないようだ。魔術師ならば知っていて当然の知識なのだが。
「まさか、貴方が佐土原先生を殺したとでも?」
「そのまさかさ!アイツ、生徒指導室にオレを呼び出して散々殴る蹴るしてくれやがったからな!あんな末路を辿って当然だ!」
「貴方、殺人は高校生でも立派な犯罪なのだけど、それはご存知?」
「ハッ。オレが捕まるわけないだろう?手を下したのはオレじゃないんだからな!」
これで理の疑惑は完全にクロになった。まだ状況証拠と自白だけとはいえ、ここまで材料が揃えば魔術的には完全にアウトだ。
だがそれにしても、紗矢は少々拍子抜けしている自分がいるのに気付いていた。もっと高度な読み合いと騙し合いになると思っていたのだが、こうも自分から勝手にペラペラ喋ってくれるとは。
「参考までに、どうやったのか教えて下さる?」
「参考?何言ってんだ、お前は全部分かってるはずだろう?」
「分かっていないから聞いているのだけれどね?」
「…本当にとぼけ通すつもりかよ。お前が魔術師だってことくらい、とっくにバレてるんだぞ!」
紗矢の心がどんどん冷めていく。一番の切り札であったはずの情報をこうもあっさりと晒して、本当に彼は駆け引きするつもりがあったのかしら?
でももういいわ。聞きたい話は全部聞いたから、後は“処置”するだけね。
「あら。私が魔術師だったらどうするのかしら?」
「決まってるだろ、そんなの⸺」
突如、ふたりの足元に巨大な魔術陣が浮かび上がる。[遮界]の[方陣]、召喚魔術の術式の複合で、空間を遮り内外を分断する結界の一種だ。[遮界]は指定範囲内の中から外、外から中への召喚を封じるほか、外から中を見えなくする効果もあり、[方陣]と組み合わせることで内外の物理的な出入りさえ不可能になる。
「なっ…!?」
「貴方もいよいよバカね。黙っていればそのまま帰してあげたのに」
冷徹な眼差しを向けながら、紗矢が冷めた声で宣告する。
魔術師だと知られていると確定した以上、もはや容赦はない。
「な、何をするつもりだお前!?」
「さあ?どうしてくれましょうかね?」
フフ、と笑って紗矢は敢えて言葉を濁す。
どうかしら、ちゃんと恐ろしい魔術師を演じられているかしら?
「こ、殺すのか、オレを!?」
「殺して欲しいなら殺してあげるけど?
でも、それよりもっと愉しいことでもいいかもね?」
理の顔がみるみる恐怖に染まっていく。恐怖はすぐに臨界に達したようで、彼はくるりと踵を返すと、脱兎のごとく逃げ出した。
だが数歩もいかないうちに、彼は見えない壁に激突して尻餅をつく。
「あらあら。逃げられるとでも思ったのかしら?」
「ひっ…!や、やめろ、殺さないでくれ!」
彼は別の方向に走り出し、そしてまた壁にぶつかる。それを何度か繰り返したあと、座り込んで命乞いを始めた。
恐怖に慄き、顔をわななかせて哀れに命乞いする理を見て、紗矢の心の内には愉悦よりも先に怒りが沸いてきた。この男はもっとも卑怯な方法で人の命を奪っておきながら、自分は死にたくないなどと勝手な事を言う。
自分が死ぬ覚悟もなしに、自ら手を汚すことなく人を殺めるなど、この世でもっとも唾棄すべき行為だ。それは魔術師に限らず、世の真理のはずではないのか。
【序章3】残り2話です。
長い前フリでしたがようやく終わります。




