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縁(えにし)の旋舞曲(ロンド)【Fabula Magia 魔術師の世界の物語】  作者: 杜野秋人
【序章3】とある女子高生の3日間
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00-15.疑惑(2)



 その少女は、やや茫洋とした雰囲気の少女だった。同世代の平均よりも明らかに小柄で線が細く、眼鏡をかけていて表情にやや乏しい。全体的な印象では運動が苦手で1人の時間を好みそうな、大人しそうな感じだった。

 学校指定の学生鞄は使っておらず、デイバッグを背中に背負っている。だがなにより特徴的だったのはその左腕だ。明らかに肘から先が見当たらず、どうやら事故かなにかで欠損しているようであった。


「あ、これはどうもご丁寧に。はじめまして黒森先輩、津屋崎(つやざき)あかりと申します。お噂はかねがねお伺いしてます~」


 ぺこりと頭を下げる仕草も口調も、見た目の雰囲気通りにおっとりした様子だ。何となく、一部の男子に人気が出そうな子だな、と紗矢は思った。


「噂?私、何か噂になるような事があったかしら?」


 噂と言われて紗矢に思い当たるのは去年の騒動だ。もしかして、この子もまた自分と美郷を魔術師だと思っているのだろうか。だとすれば、少々厄介な事にもなりかねないが。


「いえいえ~。3月まで従姉が在学してたんですけど、一年生にものすごい美人が入ってきた、って常々話してたものですから、ええ。

噂に違わぬ美人さんで、私も眼福です~」

「あ、あら、それはどうもありがとう。だけど、そう言われてしまうと少し照れるわね…」


 おっとりした口調のままあかりは紗矢を褒めちぎる。その口調も表情も緩みきっていて嘘はなさそうだ。

 そして思わぬ褒め言葉を受けて、少しだけ赤面する紗矢である。


「じゃ、お引き留めするのも何ですし、私は先に失礼します~。ゆづきちゃんもみどりちゃんも、また後で~」

「あ、うん。あかりちゃん、また後でね」

「あかりちゃん、ごめんね」

「いいですよ~。じゃ、そゆことで」


 あかりはそう言うと、さっさと昇降口の方に歩いて行ってしまった。見た目のおっとりした雰囲気に似合わず、なかなかの早足だった。


「さて、ではふたりとも、屋上へ移動しましょうか。美郷が待っているはずだわ」



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「おーそーいー。もう8時になっちゃうよ?」


 3人が屋上の空調の排熱機の裏へ行くと、もう美郷が待っていた。待ちぼうけを食らって少しむくれている。


「ごめんなさい。この子たちの友達も一緒だったものだから」

「ふーん。その子に話はしてないの?」

「大事な話がある、としか言ってないわ。彼女には何も知らせない方がいいと思うし」

「ならいいけど。で、話って?」

「あのね、みさとちゃん、これ…」


 緑が先ほどのフォルダの画像を美郷と柚月に見せる。するとやはり、見せられたふたりの顔色が変わる。


「ええっ、理さん、こんなの調べてたんだ…」

「うわあ、これ、クロじゃん…」

「緑さんにも言ったけれど、おそらく彼は魔術師ではないわ。もし魔術師だったらわざわざ魔術のことなんて調べないでしょうし、それを調べたというのは逆説的に彼が普通の人間だという証拠になると思うの。

それで、私も噂で聞いただけなのだけれど、最近インターネットで黒魔術を使えるっていうテキストデータが出回っているらしいの。彼もきっとその噂を知っていて、だからこそ調べたのじゃないかしら」


「アンタ一体どこでそんな噂聞いてくるのよ。世間の常識に疎いお嬢様だとばっかり思ってたのに」

「あら、それは偏見ね。私だって友人は他にもいるし、遊びにも行くし、いろんな話も耳にするわよ。別に深窓の令嬢ってわけでもないんだし、貴女たちと何も変わらないわ」

「うん、まあ言ってみただけ」


 悪びれる風もなく、美郷はにへらと笑う。紗矢も彼女に他意はないと分かっているからそれ以上の追及はしない。


「でもそうなると、理のやつを捕まえて締め上げないとね。バカなこと考えるんじゃないってキツく言ってやらないと」

「そうなのよ。少しお灸を据える必要があるわね」

「で、でも、もしお兄ちゃんが本当に黒魔術なんて使ってたら…!」

「まさか、佐土原(さどわら)先生が亡くなったのって…!?」

「憶測で早合点してはダメよ、彼が本当に魔術を使ったかどうかは確かめてみないと分からないわ。もしかしたらまだ検索しただけなのかもしれないし」


 言いながら、紗矢はそれとなく3人の表情を確認してみる。緑は不安に青ざめていて、美郷はトラウマを思い出すのか少し怯えている。ふたりとも魔術師だと名指しされればどんな目に遭うかよく分かっている顔だ。

 だが、柚月だけは驚きつつもそこまで怖がる様子がない。これはもしかすると、誰か魔術師の知り合いがいるのかも知れない。

 まあ、ひとまずそれは本題から外れるので置いておいてもいいだろう。


「けど、どうする?まともに問い詰めてもゲロるとは思えないし」

「美郷、言い方。はしたないわよ」

「言い繕ったって一緒だもん。

ていうか、アタシ正直これ問い詰めるのやだなあ…」


 そう言った美郷の顔がはっきりと怯えている。これ以上思い出させてはフラッシュバックしてしまうかも知れない。それを思うと、紗矢にもこの場ですぐに名案は浮かばなかった。


「とりあえず今は情報共有だけに留めておいて、どうするかはひとまず後回しにしましょう。朝のホームルームまでもうあまり時間もないし、後はお昼休みにでもまた考えましょう。

3人とも、この事は誰にも言わないように。そして緑さんも柚月さんも、今日は彼にはなるべく近付かないようにして。いいかしら?」

「はい…」

「分かりました。先輩にお任せします」

「決まりね。では教室へ戻りましょう。あなたたちも心穏やかではないとは思うけれど、なるべく普段通りに。とにかく誰にも気付かれてはダメよ。いいわね?」


 くどいほど念を押して、念のために緑から画像をメールで送ってもらい、それで紗矢は一年生たちを教室へ向かわせた。

 そして美郷に向き直る。


「後は私に任せてもらえるかしら?これ以上はあなたの方が心配だわ」

「…ごめん。お願いしていい?」


 不安そうに、少しホッとしたように、美郷が呟く。その顔を見て、やはりこれ以上は彼女を関わらせられないと紗矢は思った。


「元々の言い出しっぺは私だもの。私がきっと何とかするわ。だから安心してちょうだい」

「うん…ごめんね、紗矢…」


 そう言って、美郷も屋上を後にしていった。

 その小さな背を見送りながら、紗矢はスマートフォンを取り出して、ザラへ向けて緑からもらった画像を添付すると一言だけ『ビンゴ』と書いてメールを送る。そして自分も教室へと戻っていった。







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