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縁(えにし)の旋舞曲(ロンド)【Fabula Magia 魔術師の世界の物語】  作者: 杜野秋人
【序章3】とある女子高生の3日間
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00-14.疑惑(1)



 翌日、紗矢(さや)は今日も7時過ぎに邸を出た。

 今日は会社の決済書類の中に社長決済が必要な書類があり、朝から少し確認と押印の作業が必要だった。会社の書類も多くは印章廃止を進めているが、一地方企業にも関わらず社長である総持が日本にいないことが多いので、社長印だけはほとんど廃止が進んでいなかった。

 黒森不動産は表向きはドイツの企業の傘下に入っている事になっていて、総持は親会社の役員も務めているということになっている。会社の人間、特に社長室社員や役員たちは、ドイツに本家がある黒森家の事情や総持の特殊な立場をある程度理解しているので何も言わないが、一般の社員がどう思っているのか、少しだけ紗矢も気にならないではない。

 だが紗矢が直接出向いて説明するわけにもいかず、何となく曖昧なまま済ませている。まあ何かあればドイツ本社からの出向役員という体のザラが矢面に立つだけだ。


 7時半の少し前には紗矢はいつも通り校門までたどり着く。少し先に緑と柚月(ゆづき)がいるのに気がついて、紗矢は少しだけ足を早めてふたりに追い付く。

 今日は彼女たちの他にもうひとり、小柄な少女が一緒だった。その少女の左袖が不自然に揺れているのが少し気になる。


「おはよう、ふたりとも。今朝もいい朝ね」

「あっ、先輩、おはようございます!」

「あ…おはよう、ございます…」


 いつも通り元気な様子の柚月と、どこか沈んでいる様子の緑。緑が元気がないのが気になる。


「小石原さん、どうかしたかしら?少し元気がない様子だけれど」

「それが…その、」


 緑は逡巡した様子だったが、意を決したように顔を上げると、紗矢の腕を引っ張って柚月たちからやや離れた煉瓦塀沿いに連れて行く。


「何かあったのね?」

「はい。その、兄の検索履歴なんですけど…」


 そう言って彼女が見せたのはスマートフォンの画像フォルダ。そこにはスマートフォンのカメラで撮られたパソコンの画面が写し出されていた。

 そのモニター上に並んでいたのは“黒魔術”“魔法”“人を呪う方法”といった文言の数々。やはりザラの見立ては正しかったのだ。


「先輩、大丈夫なんでしょうか、これ…」


 緑も子供の頃から学校教育で魔術と魔術師のことを学んできているから、魔術師の何たるかも、魔術師だった場合にどんな目を向けられるのかも理解していた。兄がこんなものを検索していたとなれば魔術師だと疑われても不思議はない。

 信じたくはないが、本当にそうだったらどうしよう。その不安を瞳に一杯に溜めて、彼女はじっと紗矢の顔を見つめていた。


「…あまり良くはないわね。

でもきっと大丈夫よ。彼が本当に魔術師なら、こんなものをわざわざ検索するはずがないもの。魔術師だったら魔術のことを知っていて当然のはずではないかしら?」


 努めて平静を装いつつ、安心させるように緑に話しかける。紗矢は実際に魔術師で、魔術のことも魔術師のことも分かっているからその点は自信満々である。

 紗矢がそう断言するのを聞いて、緑の顔に少しだけ喜色が浮かぶ。


「そ、そうですよね、違いますよね?」

「でも、彼がよからぬ事を考えてるのは間違いなさそうね。何かしでかす前に止めるべきだわ。

このこと、美郷や太刀洗さんはもう知っているのかしら?」

「いえ、まだ伝えてません」

「そう。なら今朝一緒にいる彼女は?」

「あ、彼女は、あかりちゃんは一緒のクラスになって知り合ったばかりで、まだ何も…」

「そう。なら私たちが裏で調べてることは何も教えない方がいいわね。とりあえず美郷にも相談しましょう?

あ、これ、お兄さんには気付かれてはいないわよね?」

「はい、大丈夫だと思います…」


 兄に気付かれていないかどうか、その部分に関しては緑にも自信がなさそうである。


「ならいいわ。ところで貴女、お兄さんとは一緒に登校しないの?」

「それは…えっと、お兄ちゃんは学校で嫌われているから学校では近付くなって言われてて…」

「そうだったの。妹にそんな気遣いができるのなら、もっと周りにもそうやって気遣ってくれれば彼もあんなに嫌われてなかったでしょうにね…」


「お兄ちゃん、私にはすごく優しいんです。いつも世話してくれて、私が勝手にあちこち飛び回っても最後必ず迎えに来てくれて…。

あんな人ですけど、私にとっては世界一のお兄ちゃんなんです。だから、だからお願いします。お兄ちゃんを止めて下さい!」


 緑が必死の形相で訴えてくる。もしも紗矢が一般の人間であれば紗矢にもどうにも出来ないはずの事なのだが、たとえそうであっても彼女には紗矢しか頼れる人はいないのだ。

 だから紗矢も、努めて優しく微笑みかける。


「大丈夫よ、みんなで何とかしましょう。とりあえず、人に聞かれたらあまり良くはないからこの話はここではおしまい。いいわね?」

「はい…分かりました…」


 腕時計を確認すると7時40分になろうかという所だった。紗矢はスマートフォンを取り出して美郷に電話を入れる。

 数回のコールの後で美郷は電話を取った。


「美郷?おはよう。今どちら?」

「おはよ~。もう教室いるよ」

「ああ、ちょうど良かったわ。今から屋上へ来れるかしら?」

「…ん、分かった。でも絢人は部活の朝練だからいないよ?」

「ひとまず彼はいいわ。私たちだけでも情報を共有しないとね」

「緑たちも一緒?」

「ええ、今一緒にいるわ。だから4人で、排熱機の裏で」

「分かった。じゃまた後で」


 電話を切ると紗矢は緑を促して待っている柚月たちの元へ戻り、それからもう1人の少女に向き直る。


「あかりさん、と仰るのかしら?はじめまして、二年の黒森紗矢と言います。

大変申し訳ないのだけれど、緑さんと柚月さんに少し大事なお話があるの。だから、先に教室へ行っていてくださらないかしら?」







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