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縁(えにし)の旋舞曲(ロンド)【Fabula Magia 魔術師の世界の物語】  作者: 杜野秋人
【序章3】とある女子高生の3日間
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00-13.黒魔術



「なるほど、特に収穫はなしか」


 特に何事もなく放課になり、紗矢(さや)はこの日は学校に居残らず早々に帰宅した。そして早速ザラに聴取の結果を報告している。


「そうなの。とりあえず手がかりと言えそうなのは、彼の妹が言っていた検索履歴だけみたい」

「そうか」


 それだけ答えて、ザラは何やら考え込む。

 何を考えているのか計りかねて、紗矢が問い質す。


「…なにか、気になることでもあったかしら?」

「ああ、いや、お前はあまり知らなくていいことだ。

しかしインターネットか。いかにも現代魔術(・・・・)だな」


「インターネットは魔術でも何でもないのではなくて?あれは科学の賜物でしょう?」

「まあそう切り捨てたものでもないぞ?元々魔術と科学は不可分のものでもあることだしな。それに、まあ…」


 そこまで言いかけて、またザラが言いよどむ。

 珍しく彼女が逡巡しているのがやけに気にかかる。


「…まあ、構わんか。お前もいずれ知ることだろうからな。

実を言うと、最近インターネット上で黒魔術のテキストが出回っているようでな…」


 ザラが言うには、出所不明の怪しげなファイルデータが密かに世界的に流布し始めているという。誰が仕組んだか分からないが、データには術式が組み込まれており、ダウンロードしてプログラムを立ち上げるだけでほとんど誰でも組まれた魔術を起動できるという。

 しかもそれは、魔術師ではない人間でも可能なことらしい。


「えっ、それって…“本物”なの?」

騎師(きし)たちの情報によれば本物と見て間違いないようだ。

まあ、そちらの対処そのものは騎師たちの領分だからな。我々がどうこうせねばならんようなものではない」


 騎師、というのは魔術師の社会における警察機構のようなものだ。単独、あるいは少人数で世界中に散って魔術的な犯罪行為や各種トラブルに対処し、人知れずそれらを解決して回っているという。当然というか、実力部隊であるだけにそのメンバーは歴戦の猛者揃いだという話だった。

 紗矢は話に聞いたことがあるだけでまだ騎師の実物にお目にかかったことはないが、どうやらザラは彼らにもパイプを持っているようだ。


 …ザラって、本当に顔が広いのね。それにしてもどこで騎師なんて知り合うのかしら?


 魔術師としては半人前どころか雛と言っていい紗矢は当然、黒森の地を出たことがない。そしてこの地では紗矢が知る限り、今まで騎師が出張るような“事件”が起きたこともない。

 父が地元にいる時は全て父が対処して終わりだったこともあり、紗矢の印象としては騎師が出てくるというだけで想像以上の大事のように聞こえてしまう。


「いずれにせよだ。その小僧が黒魔術のテキストをダウンロードして使ったのであれば、暗黒の魔力はそれが出所と見ていいだろう。問題は、“どういう魔術を使ったか”だ」

「それなんだけど。少し気になったのよね…」


 紗矢は下校する際、念のためにもう一度学校全体の魔力を感知してみたのだ。だが、その時にはもう魔力の残滓を感知できなかったのだ。その段になってよくよく思い返してみると、この日は授業中も昼休みも残滓を感じた覚えがなかったのだった。

 理が登校しているのは遠目から見て確認していた。彼の姿を見つけた瞬間に逃げるようにその視界から逃れてそれっきりだったのだが、こんなことならもっとしっかり感知しておくべきだった。だがそうは思っても、放課後の校内を歩き回る勇気が出ずにそのまま帰ってきてしまったのだった。


「ごめんなさい、もっとしっかり調査しておくべきだったわ」

「過ぎたことを言っても始まらん。昨日の今日で危険を冒せとも言えんしな。昨日も言ったが、お前は今の自分にやれることを果たしている。足りないところは確かにあるが、無茶をするよりはマシだろう。

先ほども言ったが、問題はその小僧がどんな魔術を使ったのかだ。それによって対処も変わってくるし、まずそれが判らんことには動きようもない」



 黒魔術、それは魔術師の社会において絶対不変の禁忌とされる術理の総称であった。悪魔との契約、死者の招霊、他者への呪詛などがそうである。だが古くから〈協会〉が禁術に指定しており、実践はもちろん研究さえも一部の限られた許可例を除いて厳しく制限されていたため、紗矢は具体的にその内容を知らない。

 紗矢だけでなく、ほとんどの魔術師にとって謎に包まれているのが黒魔術というものであった。


「でも、黒魔術なんかで一体なにをするというのかしら?」

「一般的にもっとも考えられるのは『他者への呪詛』だろうな」


 確かにそれが一番可能性がありそうだった。

 悪魔との契約や死者の招霊などは一般の人間社会でもおぞましいものという認識がある。だが他人を恨んだり憎んだりというのは一般社会でも普通にあり得ることであり、憎い他人を破滅させる事ができるのならば手を出してしまう者もいるだろう。特に小石原理は多くの人に嫌われるだけでなく自らも多くの人間を恨んでいて、そうした恨みを晴らすために手を出した、と言われても納得できそうだった。

 そしてそう言われて、紗矢にはふと思い当たったことがある。


「そう言えば、昨晩に先生がおひとり亡くなられたそうよ」


 新二年生普通コース四組の担任の佐土原(さどわら)という教師が昨夜遅くに交通事故で亡くなった、という話が朝のホームルームであり、それで一時限目をカットして新二年生は全員追悼文を書かされていた。こういうものは自発的に書くものであって強制されるものではないと紗矢は思ったが、担任が書けというので書かないわけにもいかず、それで当たり障りのない文章を半ば無理やり仕上げて提出したのだった。

 というのも、佐土原という教師は態度が大きく素行が悪く特定の生徒をえこひいきする性格で、紗矢を含めた多くの生徒たちから嫌われている教師だったのだ。彼に対しては自発的に追悼文を書くような生徒はほとんどいないだろうと紗矢は思ったし、他の生徒たちも概ねそのような印象を抱いているようだった。事によると、内心密かに快哉を叫んでいる生徒もいたかも知れない。


「ああ、知っている。報道にも出ていたからな」

「でも少し、状況が不自然なのよね」


 佐土原は深夜1時すぎに新町の駅前繁華街にほど近い路上で、酒に酔って寝込んでいたところを通りがかった車に轢かれて亡くなったという。だが彼の住居は本町の港に近い場所にあり、港の周辺にも本町の目抜き通りにも飲食街はある。翌日も学校があるというのにわざわざ新町の繁華街まで出掛けていくものだろうか。


「まあどこで呑もうとも本人の勝手だがな。だが、確かに少々不自然と思えばそうと見えなくもないな」

「それだけじゃないわ。その時間の駅前はまだ人通りも車通りも結構あるそうなのだけど、目撃者がいないのよ。あるのは亡くなった事実とその原因、つまり轢いたと思われる車とその持ち主だけなの」


「ま、お前の考えている通りだろう。呪詛したならば容易いことだ」


 やや間を開けて、少しばかりのため息とともにザラが諦めたように口にする。

 先ほどからどうもその態度が気になって仕方なく、思い切って紗矢は彼女を問い質す。


「先ほどから、なにをそんなにため息ばかりついているの?」

「…正直な話、お前に黒魔術の話などすべきでないのだ。黒森の次期当主、シュヴァルツヴァルトの次世代を担う有望なお前には、本来黒魔術など話題の欠片さえも触れさせたくはない。

だが、事はお前の土地でお前の学校での案件だ。完全に隠し通すわけにもいかん」


 ザラは紗矢の将来に傷が付くことを恐れていたのだった。確かに、うっかり黒魔術に触れでもしたら紗矢の魔術師としての将来は事実上閉じられる事にもなりかねないのだ。ザラが心配するのも当然だろう。


「あら、そんなことを気にしていたの?大丈夫よ、私はそんな誘惑などに負けやしないから。それに『正しく恐れろ』と教えてくれたのはあなたよ」


「誰しもがそう言うのだ。『誘惑には負けない』と言いつつ魔道に堕ちていった者たちを何度見てきたことか…。

特にお前は経験も浅い。暗黒の魔力に呑まれぬ保証などないのだぞ」


 確かにザラの言うとおりだった。そう簡単に誘惑をはねのけることが出来るのなら、過去に黒魔術に溺れていった多くの魔術師たちの存在を、その事実を説明出来なくなるのだ。

 結局、魔術師といえども人の子である。欲望に抗うことは、彼らであっても難しいのだ。


「…あなたはどうなの?口ぶりからすれば黒魔術にも知識がありそうだけれど、あなたはきちんと抗えて?」

「もしも抗えていなければ、今頃ここでこうしてお前と話してなどいなかっただろうな。

…だが、その件に関してだけは私は自分を誇ることはしない。私が抗えたのはただの結果論でしかない」


 普段から自信満々で自尊心が服着て歩いているようなザラが、珍しく自信なさげに呟くのを見て、紗矢は黒魔術の恐ろしさを垣間見たような気分になった。このザラでさえ抗いがたい魅力があるというのなら、紗矢はもちろん、魔術に抵抗力のない一般人の理などひとたまりもないのだろう。


「どうやら私が甘かったみたい。

ええ、約束するわ。私は黒魔術には、暗黒の魔力には決して近寄らないようにするわ」


「…ああ、それでいい」


 認識を改め、真剣な顔で誓う紗矢を見て、ザラもようやく少し安心したようだった。







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