00-12.聴取(3)
結論から言えば、彼らからは有為な情報は聞き出せなかった。
全員特に何も異状は感じていなかったし、それとなく魔術を用いて確認してみたが嘘を言っている様子もない。そして紗矢が魔術を使ったことに柚月が反応した様子もなく、絢人からはやはり霊核も霊炉も感知できなかった。
「…そんなはずはないのだけれど。
私の気のせい、なのかしら…」
気のせいではないのは分かり切っている。絢人と同様、今まで理からは霊核も霊炉も魔力の残滓も感じた事はなかったのだから。でも、だとすると他者から何か仕掛けられてあの時だけ魔力を帯びていたという線が強くなる。
だけど誰が?なんのために?
どうして小石原くんなのかしら?
「あ、そう言えば、お兄ちゃん最近ネットで何か調べてるみたいです」
緑が思い出したように言う。
「調べる?何を調べているか分かるかしら?」
「さあ…そこまでは。でも普段パソコンの前にあまり座らないのに、最近よく座ってるから、多分…」
「彼に気付かれないように、こっそり検索履歴を確認できないかしら?小石原さん、お願いしても?」
「はい、分かりました」
真剣な表情で緑が頷く。理が人に迷惑をかけているのはいつものことではあるのだが、それを駆け回って解決するのはたいていは緑か絢人の役目である。だから今回も緑は責任を感じているのだろう。
その様子に気付いて、紗矢は軽く微笑みながら諭すように声をかける。
「心配しなくても大丈夫よ。私がほんの少しだけ気になっているだけだから。彼とは無用なトラブルにならなければそれでいいの。お互い平和にやり過ごせればそれが一番いいものね」
「はい…ホント、ごめんなさい」
「だから貴女が謝る必要なんてないのよ。お兄さんが何かトラブルを起こしたとしても、それは貴女のせいじゃないのだから」
「はい、ありがとうございます、先輩」
やはり最初に見立てた通り、この緑という子は兄とは違って常識的で人当たりもいい。彼にも少しくらい妹を見習って欲しいものだ。でも本当に、同じ環境で育ってきたはずなのに、この兄妹はどうしてこうも似つかないのだろう。そこが紗矢には不思議でならなかった。
だが実を言うと緑は理ほどトラウマにはなっておらず、子供の頃から親族とだけでなく絢人や柚月、美郷や寧々など多くの人たちと交流してきた結果として性格が正しく矯正されただけの話である。一方で兄の理は深いトラウマを抱えて、幼い頃から他人との関わりをほぼ絶って未だに自分の殻に閉じこもったままで、自分の世界を広げられずに今に至っただけなのだった。
解散して屋上から自分の教室へと紗矢は戻ろうとするが、腕時計を確認すると午後の授業までまだ少し時間があった。なら、生徒会長の宝珠山遙にも少し話を聞いておくべきだろう。だから三階から二階に降りたあと、渡り廊下を渡って職員室棟二階の生徒会室へ向かう。
ノックをすると、すぐに中から応答があった。生徒会長の声だ。
「失礼します」
「おう、なんだ黒森か。
自分から来るなんて珍しいな。今日はどうしたんだ?」
生徒会長の宝珠山遙は長身で引き締まった体格の、比較的大柄な生徒だ。
元はサッカー部のレギュラーで、部活動での活躍に加えて整った容姿で女子から人気の高い選手だったと紗矢は聞いている。だが生徒会長に選出されて部を早めに引退すると、彼はすぐに几帳面で堅物な本来の性格を露わにし始めて、それで多くの女子生徒の失望を買ったという。以来、今では彼は融通の利かない頑固者の生徒会長という評価を確固たるものにしていた。
どこか他人事なのは、紗矢自身は彼に全く魅力を感じたことがないからだ。彼自身は確かにイケメンだったがアルフレートとは比べるべくもないし、そもそも魔術師ではなかったから紗矢の眼中にはない。彼の方でも紗矢に気を寄せたり告白したりということがなかったから、それで彼とはただの生徒と生徒会長、というだけの関係でいられていたのだった。
ただ、言い寄って来ない代わりに彼はたびたび生徒会入りを打診してくる。会長に選出されて新生徒会を組織する時点でまだ一年生だった紗矢に副会長をオファーしてきて、さすがに紗矢も困惑したものだ。だがこの時は美郷と紗矢が魔術師だと疑われた事件の直後でもあり、さすがに周りにも止められて断念したようだった。
だがその後も、すでに生徒会は発足しているというのに何かにつけてはやれ書記になれ、会計はどうだと言ってくる。最近では任期末ということもあってか、推薦するから次期会長選挙に立候補しろ、と言ってきていた。
「ごきげんよう、会長。
つかぬ事を伺いますけど、会長が小石原理くんの親戚にあたるというのは本当ですか?」
「理?ああ、またあいつが何かしでかしたのか?
確かに理は父方の従弟になる。小石原家は宝珠山家の分家筋でね。
…あいつが何か問題を起こしたのなら僕が代わって詫びよう。申し訳ない」
いきなり頭を下げられてはさすがに紗矢も面食らう。まだ何も言っていないのにこの対応というのは、普段から理がいかにトラブルを起こしてその後始末に追われているかよく分かる。
緑といい彼といい、謝り癖がついているのはなんだか気の毒になって、少しだけ同情する紗矢である。
「い、いえ、まだ何も起きてはいないのですけれど。
…その、昨日、なぜだかものすごく睨まれたものですから…」
そうして紗矢は事の次第を話して聞かせる。それまでとは何か違うと感じ、それで彼を知っている人たちに念のため話を聞いていて、もし何か気付いた事があれば教えてもらえないか、と訊ねてみる。
「ふむ…。僕は別に同居しているわけではないし、学校内では特に変わらない…というか相変わらずだな、あいつは。
…ああ、これからはあいつだけじゃなく緑のお守りまでせねばならん。全くもって頭が痛いよ。受験勉強に響くことだけは勘弁して欲しいんだが」
眉間に皺を寄せて頭を抱えるところを見ると、やはり彼にとっても理は頭痛の種のようだ。だが緑までその扱いなのは少々解せない。
「何を言う。全身ネガティブの塊で周りにまで悪影響を及ぼす暴風雨みたいな理と、どこにでも突っ走って行っていつまでも暴れまわる竜巻みたいな緑の尻拭いをさせられるのはこっちなんだぞ。それも小学校の頃からずっとだ。正直たまったもんじゃないぞ」
どうやら、理だけでなく緑まである種のトラブルメーカーのようだ。そう言われれば確かに彼女はお転婆そうだったし、ひとつ間違えばトラブルを起こしても不思議はないのかも知れない。
「…会長も、色々と気苦労が多くていらっしゃるのね」
「全くだ。君が会長職を引き継いでくれるなら少しは安心できるというものなんだが」
「あら、そうと聞いて話を受けるようなお人好しなんて普通はいないと思いますわよ?」
済ました笑顔で拒絶すると、さすがに遙もげんなりした顔になる。
「そうなんだよなあ。だから困ってるんだよ…」
「少なくとも会長が、私に面倒事を全て押し付けるおつもりだと明らかになりましたので、以後のお話は全てお断りさせていただきますわね。会長には夏以降も、せめてあの兄妹だけは責任もって面倒を見ていただくように、私からも先生方にお話させていただきます」
「ま、待ってくれ、それは困る」
「残念だけれど待てませんわ。
では、私はこれで」
にこやかな笑顔で突き放して、それで紗矢は生徒会室を退出した。
しかし生徒会長からも有益な情報は得られなかった。こうなると緑に頼んだ検索履歴だけが頼りだ。




