00-10.聴取(1)
翌日、紗矢は7時過ぎに家を出て7時半には学校までたどり着いた。念のために校門から学校全体を感知してみたが、昨日感じた残滓はほとんど感じ取れなかった。時間が経てば魔力は地球本来の魔力と同化して痕跡も消えるため、それで消えてしまったのだろう。
そして新たに魔力を感知できないということは、理がまだ登校してきていないということも意味していた。
昨日、ザラは結局どこで何をしてきたのか教えてくれなかった。ただ言動の端々から、何かしら準備を始めているであろうことは察せられた。
一方で紗矢の方は本家に一報を入れたこと、小石原理の身辺を調べるために彼をよく知っている人物をある程度ピックアップしたこと、明日学校でそれとなく聞き出してみようと思っていることなど、ザラが手早く用意してくれた夕食を食べ終えた後で包み隠さず報告した。
彼女は概ね同意しつつ、調査は慎重に、気付かれては面倒だから決して無理はするなと忠告してくれた。
「紗矢、おっはよ♪」
後ろから肩を叩かれて振り返ると美郷が立っている。彼女は普段はもう少し遅い時間に登校してくるのだが、今日は早めに家を出てきたようだ。
「おはよう、美郷」
「相変わらず朝早いね~。こんな早く来てもやることなくない?ウチら部活もやってないんだしさ」
「遅刻ギリギリになって慌てるよりマシよ。それに、学校に来れば予習とかやることいろいろあるじゃない。というか美郷だって普段より少し早いんじゃなくて?」
「ん、昨日の話がちょっと、ね」
つまり、美郷は朝のホームルーム前に理の様子や一年生の子たちの様子をそれとなく確認しようと思ったのだろう。早速動いてくれている親友の心遣いがありがたい。
「まあそれは、おいおいで構わないわよ。
あと昨日言い忘れたのだけど、できれば彼には悟られたくないのよね」
「もちろん分かってるって♪コソコソ調べられてるなんて感づかれたら、またアイツ逆恨みしそうだもんね」
「そうなのよ…それだけは避けたいわ」
小石原理が誰からも距離を置かれて孤独になった最大の要因は、他人から向けられる何かしらの言動や厚意をことごとく曲解し逆恨みして、全て仇で返し続けたことにあった。紗矢に対して告白してきた時も、お互い自分から人を遠ざけている“同士”として勝手に共感していたようで、それは勘違いだからと断ると、それ以来「せっかくの好意を無にしやがって」とばかりに逆恨みされるようになったのだ。
だから今回紗矢が自分のことを調べていると知られれば、また逆恨みして攻撃してくるのはほぼ間違いないと思われた。
だが紗矢にしてみれば、自分の態度を棚に上げて何を勝手な、としか思えない。自分がされて嫌なことは人にもしてはダメなのだとなぜ気付かないのか。今まで誰もそういう事を教えてくれなかったのだろうか。
「アイツはさ、一番助けて欲しかった時に誰にも助けてもらえなくてさ。
だから人を信じられないんだ…」
ポツリと美郷が呟く。
「アタシもずいぶん後になって緑から聞いただけなんだけどさ、理のやつ、小さな頃に犬に襲われた事があるらしいのよ。緑を置いて逃げるわけにもいかずに、ボロボロになって大怪我しながら意地で撃退したんだって。
でもその時周りにいた大人たちは、見てるだけで誰も助けてくれなかったらしいんだよね」
初めて聞く話だった。
おそらく知っている人もほとんどいないのだろう。
「それ、何歳くらいの話なの?」
「理が幼稚園に入る前だから、4歳ぐらい?
悪いことに、周りで見てた大人たちだけじゃなくて一緒にいた父親も助けてくれなかったらしくてさ。それ以来、実の親でさえ信用してないみたい」
そんな小さな頃から人間不信だったというのは、聞けば可哀想な話である。だが、それをいつまでも引きずって成長しないのもどうなのか、とも紗矢は思う。たとえどんな不幸があったとしても、それを乗り越えてこその人生ではないのか。
「まあ、そんな事があったからって周りに当たっていいってことにはなんないけどね」
そしてそれは、どうやら美郷も同じ考えのようだった。
「あっ、みさとちゃ…
先輩!おはようございます!」
後ろから声がかかって、振り向くと一年生の女子がふたり立っている。
「おっ、おはよ~♪ちょっとなによ緑、そんな畏まっちゃって。アタシとアンタの仲でしょ?」
「だ、だって、今日から先輩なんだもん…」
「んなの気にしなくていいってば。今までみたいに『みさとちゃん』でいいよ♪」
美郷が気さくに応対している子は、彼女が名前を呼んだことでも分かるとおり小石原緑だろう。スラッとした細身で長身の子で、脂肪の少ない筋肉質な体型から見て陸上部の長距離ランナーの印象だ。髪もショートで肌も日焼けしているのか薄い小麦色で、顔つきや喋り方からしても活発でお転婆な印象だった。
人当たりが良さそうなのはいいが、総じて兄の理とは似ても似つかぬ子だ。兄妹でこうも違うものだろうか。
そしてこの子が小石原緑なら、もうひとりの子が太刀洗絢人の妹なのだろう。
「ていうか、美郷さんも少しは先輩らしくして下さい。親しき仲にも礼儀ありって言うじゃないですか」
「勝手知ったるなんとやら、とも言うじゃない?タメ口になれとまでは言わないけど、柚月もいつも通り気楽にしててくれればいいよ♪」
「そりゃあ、まあ、他人行儀にするのもどうかと思いますけど…」
緑よりやや小柄で、でも緑より女の子らしい柔らかな体型と色白の肌。綺麗にまとめてボブにした髪型がよく似合っている。性格も明るそうだし、きっと誰とでも気さくに付き合えるのだろう。
この子も緑も、社交的で友達が多そうな印象だった。この子の名前は『ゆづき』というのか。
太刀洗…ゆづき…?
だが紗矢は気付いてしまった。彼女の中に霊核があることに。




