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縁(えにし)の旋舞曲(ロンド)【Fabula Magia 魔術師の世界の物語】  作者: 杜野秋人
【序章3】とある女子高生の3日間
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00-06.報告と協議



「よく思いとどまったな。お前にしては上出来な判断だ」


 意外なことに、ザラは紗矢を叱らなかった。

 叱るどころか褒められて、紗矢は困惑する。


「…叱らないの?」

「叱って欲しければそうするがな。

こういう場合、魔術師になりたてのひよっこ共はえてして自分の力を過信して突っ込むものだ。それが死地だとも気付かずにな。だがお前はそれをせず、状況の確認だけに留めて私に報告・相談してきた。正しく判断し冷静に対応して無事に生還した教え子を叱るほど、私は無能な教師ではないぞ」


「…少なくとも、冷静ではなかったわ。

無事なのはただの結果論よ」

「それでもだ。結果的に及第点の結末を引き寄せたのだから、今はそれで良しとすべきだろう。過程を云々するのはもっと経験を積んでからの話だ。お前は今の自分に出来ることを果たしたのだからそれでいい」


 反論はするものの、そう言われて紗矢も納得する。確かにあの時に分かっていたことと言えば『悍ましい魔力を感じた』という一点だけだ。よく考えれば相手がどんな能力を持っているかも分からないし、そもそもあの魔力の出所が彼本人なのか、それとも術式を付与されているだけか、あるいは憑依されているとか操られているとか、そういう状況も何も判ってはいなかった。

 そして彼は魔力を帯びた目でこちらを睨んでいた。それはすなわち、紗矢が魔術師であると向こうが見抜いていたということに他ならない。そもそもの話、黒森の地で魔術師ということになれば、少し調べれば紗矢にたどり着くのは容易のはずだった。

 つまり相手は紗矢のことをある程度知っていた可能性が高いと言える。


「極東の古代人は上手いことを言ったものだぞ。『敵を知らず、己を知らざれば戦うごとに必ず危うし』とな」


 そう。紗矢は敵のことをほぼ何も知らず、魔術師としての自分のこともまだよく解っていないと言える。それでいて敵は紗矢のことをある程度知っているのだ。そんな不利な状況で戦っても勝ち目は薄いだろう。


「でも、このまま手をこまねいているわけにはいかないわ。名代として、私はこの土地を守らなくてはならないのだから」

「放っておけとは誰も言っておらん。問題が発生し、それに対処するためには事前の準備と対策が必要だと言っている」

「でも、何から手を着ければいいのかしら?」

「まずは情報を集めるところからだ。聞けばその小僧は友人にも他の生徒にも手を出さなかったのだろう?ならば敵も直ちに事を荒立てるつもりはないと考えていいだろう。今は下手に動かずに様子を窺うべきだな」


「…分かったわ。

けど、情報を集めるにしてもどうやって…」

「お前は校内で聞き込みをすればいい。その小僧にも友人知人のひとりやふたりはいるだろう。クラスメイトや教師たちにも話を聞け。その小僧が、最近何か変わった様子がなかったか。交友関係、言動、誰かに会っていないか、どこかを訪れていないか。そういう所から分かるものもあるだろう。

学校外については私が調べる。そして得た情報を持ち帰ってまた協議すればいい。とにかく今は情報が必要だ。最低でも敵の正体と目的がある程度判明しないことには動きようがないからな」

「…そうね、分かったわ」


 とりあえずの方針は決まった。やはりザラに相談して正解だったと紗矢は胸をなで下ろす。

 彼女は年齢の割には魔術師として経験豊富で、どんな状況下でも冷静さを失わないし判断も正確だ。過去にどれほどの修羅場を潜ってきたのかは分からないが、魔術師としての経験がほぼ皆無な紗矢としては味方としてこれほど頼もしい存在も稀有だろう。噂によれば“魔術師殺し”の二つ名があるそうだし、真偽は定かでないが上位竜種の討伐経験もあるらしい。

 …いや、まあ、詳しいことはいくら聞いても教えてくれないのだけれど。特に年齢については絶対教えてくれなくて、最終的には「これ以上聞きたければ対価に貴様の命を貰うが構わんな?」とまで言われて断念せざるを得なかったのだけど。

 ええ、あれは本当に怖かったわ。あの顔は絶対に有言実行の顔だったもの。私が黒森の次期当主だとか、本家当主の従妹だとか、現状の主筋に当たるとか、そんなことお構いなしだったものね。


「試みに問うが、お前はその暗黒の魔力を感知した時どう思った?

何を感じた?

どんな感想でも構わん。正直に話してみろ」


 突然、ザラに問われて紗矢は返答に詰まる。

 これは何を聞かれているの?

 なんと答えれば、ザラの満足する回答になるのかしら?


「…そ、そうね、まだ正体は分からないけれど、何かこの地に重大な危機が迫っているということなのじゃないかしら?」


 慎重に言葉を選びながら、紗矢は答える。当たり障りのない返答になったのはまだ何も解っていないからで、そんな事はザラも解っているはずなのに、なぜ今こんなことを聞かれるのか、紗矢にはよく分からなかった。


「そうではない。どう感じたか(・・・・・・)を聞いている」

「…えっ?」

「お前は暗黒の魔力を感知するのは初めてだろう?通り一遍の話ではなく、お前自身がそれと向き合って感じた、嘘偽りのない気持ちを言ってみろ」


 じっと見つめてくるザラの灰色の瞳から、紗矢は目を逸らせなくなった。まるであの時の恐怖を、焦りを、情けなさや無様さまでをも全部見透かされているかのような気分だった。

 思い出すだけで心臓が早鐘のように鳴りはじめ、全身から汗が噴き出してくる。あの時睨まれたあの瞬間と同じように、見えない何かに心臓を鷲掴みにされているかのような、そんな息苦しさを紗矢は再び感じていた。


「…こ、怖かった、わ。

そう、とても怖かった。

あんなのと戦ったら死んでしまうと…そう、思ったわ…」


 迷いながらも、紗矢は正直に胸の内を吐露していた。知らず知らずのうちに両手で自分の肩を抱き、まるで見えない何かから必死で身を守るかのように身体を縮ませて、リビングのソファの上で彼女はうずくまっていた。


 スッとザラが紗矢に寄ってくる。

 彼女は紗矢の前まで来て膝を付くと、その身体を優しく抱き寄せた。


「それでいい。それでいいんだ紗矢。

その恐怖を忘れるな。未知のものに恐怖するのは自然なことだ。それさえ忘れなければ、少なくとも簡単に死ぬことはない」


 彼女は優しくそう言いながら、紗矢の頭をそっと撫でる。

 まるで、怯える幼子をあやすように。


「…い、いいの?

怖がっても、逃げ出しても、いいの…?」


 紗矢の震える声は、まるで許しを乞うているかのようだ。


「もちろんだ。人は誰しも自分に理解出来ぬものが怖いのだから、そういうものに出会ったときは怖がっていいんだ。

正しく恐れることは臆病とは違う。卑怯でも、惰弱でもない。だからそれを恥じることはない。情けなく思うことも、我慢する必要もないんだ。

そして恐怖を知った上で、それを乗り越えて行けばいい。それこそが真の強さというものだ」


 紗矢の頭を、背中を、優しく撫でながらザラが言う。その優しい腕に包まれた紗矢の震える手が、ザラの背中に伸びていく。

 そして彼女にしがみついた紗矢は、とうとう声を上げて泣き出した。


「よく頑張ったな。偉かったぞ」


 泣き続ける紗矢を、ザラは愛おしそうにいつまでも抱きしめていた。教え子が得難い経験を得てまたひとつ成長したことを、彼女は心から喜んでいたのだった。







【作者からのお願い】


連載開始から10日ほど経ちまして、少ないながらも読まれていることに安堵しております。お読み頂きありがとうございます。

ただ、現時点でビックリするほど評価頂いておりません。ブックマークはわずか3件、評価やいいねは未だゼロという有り様でして。こんなに評価されないのは初投稿作品『落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる』以来です。いやマジで。


いやまあつまんねーからだろ、って言われりゃぐうの音も出ないんですが、日当たりPVも300ほどあることですし、もしも継続してお読み頂けるのならせめてブックマークだけでもお願いできないかと…(^_^;


この作品は作者の物語世界の根幹作品なので、たとえ誰にも評価されなくたって投稿しますし更新しますけれど、それでも何かしら反応頂ければ作者のモチベーションが全然違います。ですのでもし宜しければ、ブックマーク、評価、いいね、感想など頂ければ有り難いです。

どうかよろしくお願いします。

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