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縁(えにし)の旋舞曲(ロンド)【Fabula Magia 魔術師の世界の物語】  作者: 杜野秋人
【序章3】とある女子高生の3日間
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00-05.小石原理

ここから話が動きます。

ようやくローファンタジーっぽくなりますよ。

少し長いですが、お楽しみ頂ければ。





 入学式は滞りなく終了し、紗矢たちも上級生の役目を終える。紗矢(さや)がフラワーを付けてやった新入生は真っ赤になって照れていたのが印象的だった。

 その後は各自教室に戻り、ホームルームを経て放課となる。新入生たちは新しい仲間たちにお互い自己紹介をし、生徒手帳の交付や学校生活の諸注意などを担任から受ける。上級生はクラスの席決めや各種学校委員の選定、新学年の時間割の配布、それに春休みの課題の提出などを済ます。

 紗矢は満場一致で学級委員に選出された。図書委員に立候補していたのだが、それは却下された。


 放課になり、クラスメイトたちも三々五々と教室を離れていく。ある者は部活動の勧誘活動に、ある者はたった今決まった委員会の会合に、またある者は帰路につく。おそらくその途中で遊びに行く者もいるだろう。

 紗矢のクラスは国際交流コースといって、昨今の国際化社会へ対応できる人材を育成するために設けられた学科だ。美郷(みさと)絢人(けんと)たちの通う普通コースとは違い、県内全域の中学から優秀な生徒が集まってきていて、偏差値も普通コースに比べると10以上高い。この国際交流コースがあったからこそ、紗矢も小中高一貫式のミッションスクールの私立高校をエスカレーター式に進学するのではなく、この公立高校を受験先に選んだのだ。


 そもそも本来、紗矢は日本で高校を受験する予定ではなかった。義務教育さえ終えればあとはロンドンに生活を移して、〈魔術協会〉の中にある魔術師の養成学校、通称『賢者の学院』に上がる予定だったのだ。だが賢者の学院に入るということは即ち、父も所属している〈協会〉に魔術師として所属するということだ。そうなればもはや一般人としては暮らしてはいけず、美郷をはじめ一般の友人たちとも縁を切る事になる。

 紗矢にはそれが少し名残惜しかった。だから、もう少し社会勉強を兼ねて日本に残りたいと父に願い出て、その許可を得た上で高校を受験することになったのだ。ただし一般の友人たちと長く付き合うべきではないと言われ、それで目を付けたのが国際交流コースのある沖之大島高校だったのだ。


 つまり今の紗矢はモラトリアム真っ只中である。彼女はあと約2年、この自由な生活を精一杯楽しむつもりであった。



 放課になればもはや学校でやることはない。紗矢は部活動には所属していなかったから、新入生の勧誘に駆り出されることもない。そのまますぐに帰ってもよかったのだが、少し気になることがある。

 魔力の残滓が、ごくわずかに校内を漂っているのに気付いたのだ。それまでは校内で魔力を感じたことなどなかったのに。


 本来、魔力(マナ)は森羅万象全てを構成する根元要素であり、地球上ならあまねく存在するものである。だが今の地球は魔力がほぼ枯渇状態で、普通に日常生活を送るだけではその痕跡すら見つけだすのは容易ではない。

 紗矢たち魔術師は、通常は魔力ではなく生命体を構成する魔力要素、俗に霊力(オド)と呼ばれる魔力の一種を用いて魔術を行使する。霊力は魔術師の体内に備わった霊炉(エンジン)を稼働させることで自ら生成することができ、そのため魔術師は魔力の枯渇した地球上でも比較的自由に魔術を行使できるのだ。

 そして魔術を使えば必ずその痕跡が残る。それが残滓と呼ばれるもので、通常は痕跡を消す作業が必ず必要になる。そうしなければ他の魔術師に魔術を使ったと察知されてしまうからだ。


 その残滓が校内に漂っている。ということは、誰かが校内で魔術を使ったという事だ。

 だが誰が?なんのために?

 校内の関係者に自分以外の魔術師などいないはずなのに。


 紗矢はすぐには帰らずに、しばらく校内をぶらつくことにした。

 漂う残滓を辿っていけば、魔術を使った位置くらいは特定できるだろう。だがまっすぐその場に向かって魔術を使った当人と鉢合わせでもすれば少々厄介な事にもなりかねないので、わざとあちこち歩き回って探りを入れることにしたのだ。


 まず最初は一年生の教室のある教室棟一階。紗矢の知らない魔術師がいるとすれば、それは県内全域から生徒が集まってきて未知の魔術師が紛れ込む可能性が高い新入生だ。だが一階には残滓を見つけられなかった。魔力感知はさほど得意ではないが、紗矢ほどの実力者ともなれば高いレベルで感知能力を持つのが普通である。その自分の能力をもってして感知できないとなれば、新入生には魔術師がいないと断定してもいいだろう。次は二階だ。

 二階は普段から紗矢と一緒に学校生活を送ってきた新二年生の教室である。魔術師はいないはずだったが、最初に感知したのは二階であった。ならば、新たに魔術師として目覚めた生徒がいるのかも知れない。紗矢は歩きながら慎重に痕跡を探す。


 ふと、それまでより色濃い残滓を察知して、紗矢は思わず立ち止まる。周囲を見回したいのをぐっと堪え、慎重に感知の網を延ばす。

 その視線の先にひとりの男子生徒が立っていた。かつて紗矢に告白してすげなく振られたひとり、学校で一番の問題児、同級生の小石原(こいしわら)(さとし)だ。

 教室棟の両端ほども距離があったが、彼は一直線に紗矢の姿を見据えていた。その目が自分を睨みつけているのに気付いて、紗矢は気圧されてしまう。



 その視線が、魔力を孕んでいたのだ。

 それも、邪悪さを伴う魔力を。



 その事実に紗矢の全身が総毛立つ。昨日までただの一般人であったはずの彼が、なぜこんな魔力を纏っているのか。あんなもの、人の魔力ではない。混沌の先触れ、悪魔や吸血魔などの発する暗黒の魔力にしか思えない。

 と、その理が身を翻して三階への階段を登っていく。それを見て咄嗟に紗矢は背後の階段を一階へと駆け降りた。

 一階にたどり着いたところで紗矢の全身からどっと汗が噴き出し、息が乱れる。心が慄く。全身が震えだして止まらない。


 理の身に何かよからぬ事が起きたのは明白だった。彼女が感知したのは『魔術使用の痕跡』などではなかった。理から漏れ出る魔力そのものだったのだ。



 このままにはしておけない。父の名代として沖之島を預かる以上、魔術に関するトラブルは自分が解決しなければならないのだ。だが、あまりのことに上階へ近付くのは憚られた。いくら才能溢れる天才と持て囃されようが、紗矢はまだまともに魔術を行使したこともない、いわば初心者だったのだ。

 それでも呼吸を整え、気持ちを落ち着かせて決意を固め、心を奮い立たせて紗矢は顔を上げる。物理的に距離を取ったことで少しだけ勇気も心構えも持ち直してきた。

 そうして意を決して彼女は再び階段を登る。二階に上がり、理が消えていった三階への階段に向かって一歩ずつ、歩を進める。


「なあ黒森、理を見なかったか?」


 いきなり声をかけられて、心臓が飛び出さんばかりに驚いた。慌てて顔を上げると、視線の先に胴着姿の太刀洗絢人が立っている。


(な、なに?太刀洗くんも彼を探しているの?)


 早鐘のように再び鳴り出す心臓を必死で抑えつつ、内心の焦りと恐怖を悟られぬように必死で表情を繕う。


「小石原くん?な、なぜ私が彼の行方を知っていると思ったのかしら?」


 少し表情に出てしまったかも知れないと思ったが、もう後の祭りだ。これ以上悟られないようにしなければ。


「…まあいいわ。彼なら三階に上がるところを見たから、二階には居ないはずよ」


 上手く誤魔化せただろうか、いまひとつ自信がない。


「そっか、ありがとう」


 絢人はそう言うと、手を振り踵を返して理の上がっていった階段を登っていく。どうやら紗矢の内心の焦りには気付いていないようだった。


 だがしかし、困ったことになった。一般人の彼がいては理を問い詰めることも捕らえることもできない。彼に素直に行方を教えたのは失敗だった。だけどあのふたりは友人同士と聞いているし、理もすぐには危害を加えないかも知れない。というか、もはや今となってはそう願うしか他にない。

 いくら動揺していたからといって迂闊な事をしたと思ったが、今さらどうすることもできない。かくなる上は万が一に備えて自分も早くふたりの元へ向かわなければ。そう思って三階まで上がり、残滓を辿って屋上に上がる階段へと進む。その先の屋上に出る扉のところまで来たところで、その向こう側から会話が聞こえてきた。


「正門だと言ったな」

「おう。待ってるから早く行ってやれよ。

あ、多分今はウチの母さんと柚月が一緒にいるはずだから」


 いけない、アイツがこっちに来る…!


 大慌てで紗矢は三階まで駆け降り、階段脇の女子トイレの個室に逃げ込む。息を殺していると階段を降りてくる、たし、たし、という足音が聞こえてきて、それはそのまま三階を素通りして二階へと降りていった。漂う魔力から、理が降りていったのに間違いなかった。

 ふうーーー、と大きなため息をついて、紗矢は便座に座り込む。心臓はまたもや早鐘のように激しく鳴り始め、全身からはまたしても大量の汗が噴き出す。制服のブラウスが肌に貼り付く。

 すると今度は、魔力を伴わない足音がタッタッタッと降りてきた。こちらは間違いなく太刀洗絢人だ。


 良かった、何事もなかった、と思いはするものの、もう紗矢はそこから動くことが出来ない。今の精神状態ではまともに戦うことすらできないだろう。

 そうこうしているとトイレの換気窓の外から魔力が漂ってきて、紗矢が個室を出て外の様子を窺うと、理が校舎から出てきて校門に向かって歩いていくのが見えた。その周りには部活勧誘の上級生と勧誘を受けている多くの新入生の姿がある。あれだけ悍ましい魔力を発している存在のすぐそばにいるのに、何ともない彼らが無性に羨ましかった。

 そのまま見ていると、理は校門にいた保護者と思しき女性に、待っていた女子新入生と写真を何枚か撮ってもらい、それから帰って行ったようだ。



 ああ、どうしよう。とりあえずザラに相談しなくちゃ。でもあんな危険な存在をむざむざ帰したなんて言ったらきっとぶん殴られるわね。それよりも、怯えて逃げ回って何も出来なかったことの方が殴られるかしら?

 でも無理よ。私だって怖いものは怖いのよ。覚悟を決めてからならまだしも、あんな不意打ちに近い状態でなんてできっこないわよ。せめて初陣は普通の魔術師相手とかにしてもらわないと。

 などと自分に言い訳をしながら、汗が引くまで紗矢はトイレの個室に籠もっていた。







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