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縁(えにし)の旋舞曲(ロンド)【Fabula Magia 魔術師の世界の物語】  作者: 杜野秋人
【序章3】とある女子高生の3日間
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00-02.絢人

ここからしばらくは序章1の視点変更です。

色々対比しながらお楽しみ下さい。





 黒森の邸は本町の中でももっとも北の外れ、潮見山の中腹にほど近い位置にある。本町でもひときわ大きな豪邸であり、港や高校、新町などからもよく目立つ。沖之島の本町は戦国時代から明治まで続いた古い城下町であり、歴史に興味のある観光客もそれなりに訪れるのだが、そうした観光客が黒森の邸を何かの史跡だと勘違いして登ってきたことも一度や二度ではない。

 実際、黒森家はかつてこの沖之島一帯を治めていた戦国大名の末裔でもあり、現在の邸よりもう少し山腹を登れば、戦国時代から江戸時代にかけてこの地を治めていた当時の城趾が残っている。

 ただし現在の黒森邸は明治に入って建てられた洋風建築であり、太平洋戦争で空襲に遭って一度焼失して建て直されてもいるので、近くまで登ってきた観光客は無駄足を踏まされる事になるのだった。だが最近は中世城郭趾も脚光を浴びるようになってきて、それで黒森邸ではなく旧黒森城趾を目当てに登ってくる観光客も増えてきていた。



 紗矢(さや)は毎日歩いて登校する。学校は自転車通学を認めていたが、彼女は申請していない。

 というかそもそも自転車には乗れなかった。普段の生活で、そんなものに乗る必要がなかったのだ。なにしろこれでも社長令嬢、平たく言えばお嬢様であったし、ドイツの本拠地に赴けば黒森家は貴族としての爵位も持っている。本来なら常に身の回りに護衛が付いているのが普通であり、ひとりで登下校する現状がむしろ特殊な状態なのだ。

 だが現在、黒森の邸には紗矢とザラのふたりだけしか住んでいない。父は留守にしているし、母は紗矢が11歳の時に病で亡くなっていて彼女は一人っ子である。父とのふたり暮らしなのでザラ以外にメイドや執事を雇う必要もなく、それで登下校は基本的に紗矢がひとりで行き来している。

 それでも父が日本にいる時は、会社から社長室の社員が車で送迎に来る。父のいない今だからこそ、ひとりの気楽な登下校を楽しめるのだ。


 黒森の邸から紗矢の通う沖之大島高校までは、目抜き通りの坂道をずっと下っていくだけでたどり着く。紗矢の眼下には今、本町の街並みと、小学校、中学校、高校、港、市役所、それに海峡とそれを越える沖之島大橋、さらには本土側に広がる新町までが一望できていた。

 紗矢はこの眺めが好きだった。見渡す限り全て黒森のかつての支配地であり、現在も魔術的に守護する土地である。そして当主であり守護者たる父が不在の今、この土地全てを名代(みょうだい)として管理するのは紗矢自身なのだ。

 それを眼下に見下ろしながら、紗矢は坂を下っていく。穏やかな春の朝日に包まれた街は、今日も無事に平和な火曜日の朝を迎えているようだった。



 ふと、後ろに人の気配を感じて紗矢は振り返る。

 その視線をかすめて、角を曲がって消えた人影があった。


(今のは…太刀洗くん、かしら?)


 見間違いでなければ、それは高校の同級生、太刀洗絢人(けんと)の姿だった。とはいえ魔術で恒常的に感覚強化を施している紗矢の目が、一瞬といえど見間違うことは基本的になかった。

 彼には去年、入学直後に些細なことから起こったトラブルに、親友ともども巻き込まれているのを助けてもらった恩がある。だがその当時もその後も、必要な会話以外はほとんど話すことも接点も特になく、さほど親密とは言い難い間柄だった。

 だがそれでもふとした瞬間に彼の姿を目で追っている自分がいることに、紗矢は気付いていた。なぜ追っているのかは自分でもよく分からなかったが、おそらく恩をまだ返しおおせていないと感じているからだろう、と自分を納得させていた。


(でも、なぜ彼はあちらに曲がったのかしら?学校ならこの道をまっすぐ下った方がずっと早いのに)


 再び歩き出しながら、紗矢は少し不思議に思う。あの角を曲がると港の方に行ってしまうが、それではどう考えても遠回りなのだ。

 まさか彼がわざわざ遠回りをしたのだとはさすがの彼女も気付かない。ましてやそれが自分に原因があるのだなどとは思いもよらぬことであった。



 真っ直ぐ自分のペースで歩いて、紗矢は7時前には校門が見えてくるところまでたどり着く。始業は8時半からでまだずいぶんと時間に余裕がある。さすがに今日はちょっと早すぎたかしら、などと思っていると、まだ人影もまばらな校門に駆け込んだ男子生徒の姿が見えた。


(えっ太刀洗くん?)


 それは先ほど見た太刀洗絢人の姿だった。だが彼は遠回りルートを選んだはずである。彼が自分よりも早く校門にたどり着くことなど普通に考えれば有り得なかった。


(まさか、わざわざ遠回りした上で走ってきたとでもいうのかしら?)


 そのまさかであったが、わざわざそんな事をするメリットは紗矢には考え付かない。


(ということは、もしかして私…避けられてるのかしら?)


 当たらずとも遠からずである。であるが、普通は避けられていると思えば人はショックを受けるものだ。魔術師であろうとも人の子であり、紗矢もひとりの年頃の女の子である。魔術師である事を世間に隠している以上は、今の彼女はただの育ちのよいお嬢様の高校生でしかなかった。


(そんな…私、何か彼に嫌われるような事でもしてしまったというの?)


 そして思考の行き着く先はそこである。他に思い浮かぶ可能性も見当たらず、ひとりブルーに沈んでいく紗矢であった。

 だが、実のところ嫌われようがどうしようが問題はないのだ。紗矢は魔術師であり、黒森家の唯一の跡取りである。彼女が恋愛するということは、即ち黒森の次期当主の伴侶を選ぶということでもある。だから紗矢の選ぶ相手は魔術師でなければならず、一般の人間とは恋愛ができない。少なくともそう自任して、今まで受けた告白は全て即答で断ってきたのだ。

 そして紗矢の見たところ、太刀洗絢人は魔術師ではなく一般人である。だから仮に嫌われたところで何の問題もないはずであった。それなのになぜ自分はショックを受けているのか。その自分の感情に説明がつかずに混乱する紗矢であった。


 しばらく思考の迷路をさ迷った挙げ句、ふと我に返ると自分の歩みが止まっていることに紗矢は気付く。左腕に嵌めた腕時計を確認すると、すでに7時を5分ほど過ぎている。


(えっまさか私、10分近くもここで立ち尽くしていたというの?)


 そしてますます混乱する紗矢であった。







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