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縁(えにし)の旋舞曲(ロンド)【Fabula Magia 魔術師の世界の物語】  作者: 杜野秋人
【序章2】とある世界の“世界”の話
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0-10.とある世界の“世界”の話(3)

本日は3話投稿。

その3話目です。



 2001年の暮れに〈協会〉と魔術師が再び世界の裏側に身を隠す決断をして以降も、噂は尾ひれをつけバリエーションを増やしながら絶えず流れ続け、それを信じた人たちによって、あるいはそれを利用した人によって多くの人々が犠牲になった。だが犠牲者の誰ひとりとして魔術を実際に行使した者はおらず、魔術を目にした者もなく、人々は自らが疑い抹殺した人々が本当に魔術師であるかどうか確かめられぬままだった。

 そのうち、人々は誰かを疑うことに疲れはじめ、とうとう魔術に関する噂をまともに取り合う人はほとんどいなくなった。


 そして2019年4月現在、人類社会は魔術師の影に怯えながらも表面上は平静を取り戻していた。相変わらず噂は至る所で飛び交っているが、本当に魔術師だと確認された例がひとつもなかったことから、現在では多くの人々がそれを根も葉もないデマだと考えて取り合わなくなっている。

 ただしそれでも人々は内心恐れているのだ。いつか隣の誰かが魔術師だという事実を知ってしまう日が来るのではないかと。いつか誰かに、自分が魔術師だと名指しされてしまうのではないかと。

 去年、沖之大島高校で起こった騒動も、まさにその“誰かに魔術師だと名指しされる”事件だった。もっとも、最初に名指しされたのは絢人(けんと)ではなかったのだが。



「というわけでだ。魔術師かどうか確認する手段が明確になっていない以上、他の人を根拠なく魔術師だと名指しするようなことは絶対にしてはならない。それは差別であり、名誉毀損であり、犯罪行為とさえ言える。仮に自分の目の前で魔術を使われて本当だと確認出来ていたとしても、今度は自分以外の全ての人にそのことを立証せねばならず、その立証は現状では不可能だ。

だからくれぐれも言っておくぞ。思い込みや不安、疑心暗鬼などから他人を魔術師だと決めつけてはいけない。仮にその人物が本当に魔術師だったとしてもそっとしておいてやれ。魔術師が『人を傷付けた事例』なんて過去に一度も起こっていないのだから、わざわざ魔術師だと糾弾して公表する必要もないはずだ」


「先生は、魔術師ですか?」


 ひとりの男子生徒から声が上がった。


「だから根拠もなくそういう風に決めつけるような事を言うなと言っているのが解らんか?もしそれで先生が『魔術師ではない』と言ったとして、お前はそれをどうやって信じるんだ?逆に『魔術師だ』と言ったとしたらどうするつもりなんだ?

そして(いずみ)、もしも先生が『お前こそ自分が魔術師ではないと証明してみせろ』と言ったらお前はどうするんだ?」


 甘木先生がやや怒気をはらんで言葉を投げつけ、質問した生徒は答えに詰まって黙り込む。


「いいか。証明できないことを証明しろと言い立てるのは人間関係においてもっともしてはならない行為だ。俗に悪魔の証明といってな、それを強いるのは卑怯で恥ずべき行為だとされている。これは世界で共通の考え方だ。

解ったら、今後二度とそのような決め付けは言うな。口が裂けても言うな。自分がされたくないのなら人にもそれを強いてはならない。解ったな?」


「はい…すいません…」

「分かればよろしい」


 と、ここで終礼のチャイムが鳴る。甘木先生が授業の終わりを告げ、日直が開始の時と同じように号令をかける。それで特別授業は終わった。

 絢人は最後に質問した生徒の席へと向かう。彼は席に座り込んだまま青ざめていた。


「まあ気にすんなよ泉。誰もお前を責めたりなんかしないからさ」


 声をかけられた泉という男子生徒は、緩慢な動きで絢人の顔を見上げる。


「あの質問は授業中だからこそ言って良かったんだ。聞かなきゃ分からないんだし、授業中に先生にでなきゃなかなか聞けないことだしな。

だから気にすんな。お前が魔術師だなんて誰も思ってねえからさ」

「太刀洗…」

「だってそうだろ?もしお前が魔術師だったとしたら、普通の人たちから恐れられて迫害されるのが分かってるんだから、仲間のはずの他の魔術師の正体をバラしたりしてわざわざ迫害させたりする訳ないじゃんか。そういう風に考えれば、あの質問は逆にお前が普通の人間だって証明になるんだよ。

だから心配すんな。他のみんなもそう思うだろ?」


 絢人は振り返って周囲の生徒たちに問いかける。


「まあ、そうだな。泉はやや考えが足らないところはあるが根は善良だ」

「いや黒木(くろぎ)が言うとあんま説得力ないなあ…」

「む、どういう意味だ?聞かれたから応えてやったのに、それはちょっと聞き捨てならんぞ」

「いやだって、周りみんな頷いてるし」

「なっ…!?」


 黒木が慌てて見渡すと、確かに男子生徒も女子生徒も大きく頷いていた。

 他人の心の機微に疎い黒木が一番他人を決めつけそうだよな、と全員が考えていたりする。


「まあ黒木くんが信用できるかはさておいてもさ、あたしも太刀洗くんの言うとおりだと思うな」

「待て、さておくんじゃない!」

「疑ったって始まらんってのは確かに甘木先生(アマセン)の言うとおりだし、そんな事しても不毛なだけだってのは俺ら去年嫌ってほど学習したしな」

「そうそう。もう太刀洗と星野の件で懲りたよな」

「ま、他ならぬ太刀洗が言うんだから間違いないだろ。良かったな、泉」

「待てと言っている!俺が良くないだろ!」

「黒木くんうるさい。ちょっと黙って」

「なっ、なぜ俺が黙らなければならんのだ!?」


 黒木の怒るさまが滑稽だったようで、周囲から笑顔と笑い声が漏れる。


 ひとり激昂する黒木の肩を、戸畑(とばた)がポンと叩く。

 そのニヤケ顔がまたムカついたようで黒木はますます怒り出すが、もはや相手をする生徒はいなかった。

 今日も世界は、平和だ。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 昼休み、なるべく急いで昼食を済ませると絢人は美郷(みさと)の教室へと顔を出す。彼女のクラスも午前中に歴史の特別授業があったはずだった。去年のこともあり、フラッシュバックしていないか気になって様子を見にきたわけだ。

 去年、魔術師だと疑われたのは美郷だった。否定することも出来ず、味方もほとんどいない状況で、いつもは明るく朗らかで何事にも動じない彼女でさえ、恐怖に怯え登校拒否に陥るほどにまで追い込まれたのだ。

 普段はもうそんな事も忘れてしまったかのように元の美郷に戻ってはいるが、そのトラウマが本当に拭いきれたのかどうか絢人には判断が付かないのだった。



「およ?絢人どうしたの?

なんか忘れもんでも借りに来た?」


 意外なほど美郷はケロッとしていた。

 それこそ拍子抜けするほどに。


「なんだよ、思ったより平気そうだな」


 やや呆れたように言う絢人に向かって、美郷はにへ、と笑いかける。


「あ~もしかして心配してくれた?

うん、思ったより大丈夫」

「そっか、なら安心だな。じゃ、俺帰るわ」


 そう言って踵を返した絢人の袖を彼女が慌てたように掴む。

 なんだよ、やっぱりダメなんじゃないか。そう思いながら、絢人は顔だけで振り返る。


「…どこ行く?」

「…屋上」


 絢人と美郷は付かず離れずの距離を保ちながら、黙ったまま、三階そして屋上への階段を登る。もしかしたら顔を見せたのが逆効果だったのかな、と絢人は思わないでもない。

 ふたりはそのまま給水タンク塔の裏側へと向かう。ここには昔誰かが持ち込んだらしい古いベンチが残っていて、人に知られたくないカップルなどがよく利用しているという話だった。

 絢人と美郷はカップルというわけではないが、要するに人目に付かない場所を欲しているのは同じだった。今の美郷がもっとも怖れているのは他人の視線だ。だから、人目のない場所で落ち着くまで寄り添ってやるのが一番だと絢人は考えたのだ。


 ベンチに座る。奥に美郷、手前に絢人。

 これで誰か来ても最初に見られるのは絢人だけだ。美郷の側のさらに奥は配管とフェンスで、そちらから誰かに見られる心配はない。

 座ったところで美郷が絢人の左手をギュッと両手で掴んできて、そして左肩に頭をもたれてきた。その左肩から、左手から、彼女が震えているのが伝わってくる。


「…ごめ、やっぱ…ムリ…」


 震える声で、彼女はやっとそれだけ、言葉を発する。


「いいよ。気にすんな」


 だから絢人は、右手で彼女の頭を軽く撫でてやった。


 交わした言葉はそれだけだったが、ふたりともそれだけで充分だった。

 そのまま昼休みが終わるまで、言葉を交わさず、ただ静かに座っていた。







お読みいただきありがとうございます。


ここまでの長い前置きを踏まえて、次回からはいよいよ「魔術師の話」です。

明日からは1日1話ずつ、20時にアップ予定です。

よろしくお願いします。



もしもお気に召しましたら、継続して読みたいと思われましたら、作者のモチベーション維持のためにもぜひ評価・ブックマーク・いいねをお願い致します。頂けましたら作者が泣いて喜びますので、よろしくお願い申し上げます!

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