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第96部分

 徐々に茜色に染まりつつある空の下、アイシスは薪拾いに精を出していた。既にこの道に於いては一流に近いのでは。アイシス自らもそう思う程に手際良く、質の良い木の枝を発見しては拾っていく。そしてそれが効率化した分、別の事に割く時間も増えてくるのであった。


 アイシスがふと西側を向いた時、瞳に映る空の美しさに思わず息を呑む。穏やかな青空でもなく、完全な夕焼けでもない中途半端な色の空。それが妙に自らの心に響き、アイシスはいくらかの木の枝を持ったまま、暫し空を見上げ続けていた。


 ふと鴉の声が響き渡り、アイシスは現実に引き戻される。ああ、この世界にも鴉が居るのね。そんな事を反射的に思うアイシスだったが、良く考えれば狼や猪の存在は既に示唆されており、元の世界と同様の生物が居ても何ら不思議は無かった。いや、そもそも人間が居るという時点で、そんな事を気にする必要は一切無いか。そこまで考えた所で、アイシスは自身が再びぼうっとしている事に気付き、作業を再開するのだった。


 そうして十分な薪を集めたアイシスが水場に向かっていると、そこから少し離れた場所に自分達のテントが張られているのを発見する。やや不思議に思いながらもそちらへ向かうと、タチバナの声がアイシスを出迎える。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 そう言ったタチバナの周囲には、例によって石造りの竈や椅子代わりの石が並んでいた。相変わらず仕事が早過ぎる。そう思いながら、アイシスが口を開く。


「お帰りなさいませ、じゃないわよ。どうして勝手に移動しているのよ。私が水場の方に行ってたらどうするつもりだったのかしら?」


 アイシスは薪を竈の傍に置くと、アイシスらしい口調で移動の意図を尋ねる。最早少女にとっては、特別に意識をせずとも、既にそれが自然な表現方法になっていた。別に内心を変える必要は無く、単に出力の仕方を変えれば良い。それを無意識の内に悟った故の変化ではあったが、短期間でそれが出来た事と、晩年の少女にあまり人と会話をする機会が無かった事には、何らかの関係がありそうだった。


「これは失礼致しました。お嬢様はそれ程愚かではないと信じておりましたので。そしてテントを此処に開いた理由ですが、水場に魔物等がやって来る可能性を考慮した為です。既に現時点で必要な水は確保したのですから、無意味な戦闘は避けた方が賢明でしょう」


 冷静に考えれば、とても主に謝罪する従者の口調とは思えない。そうアイシスが感じる程に淡々と、タチバナが主の言葉に返答する。だが、アイシスはそれが嫌いではなかった。寧ろ、主従をあまり感じさせないその声をアイシスは好ましく思っていた。


「……成程ね。それで、もう夕食にするのかしら?」


 タチバナの説明は合理的であり、反論の余地も無いと判断したアイシスは話題を変える。そもそもアイシスは本気で言っていた訳ではなかったが、仮に本気でタチバナと論戦をしたとして勝ち目が無い事は本人も重々承知していた。


「いえ、それには少々早いかと思われますので、お嬢様がよろしければ先程の問いにお答えすると致しましょうか」


 そのタチバナの返答に、アイシスは鼓動が一瞬大きくなったかの様な感覚がする。やはり少女にはその経験は無かったが、試験の結果を返却される時の様な気持ちでアイシスは口を開く。


「……そうね、それじゃあお願いするわ」


 その承諾の言葉を確認し、タチバナは満を持して語り始める。


「それでは、先程の戦いについての私の考えを述べさせて頂きます。先ずは……お嬢様、貴方は馬鹿ですか」


「な、流石に言葉が過ぎるわよタチバナ」


 タチバナの意外な発言に、アイシスも思わず言葉を返す。だが、タチバナが何を言いたいのか自体はアイシスも薄々とは気付いていた。


「……失礼致しました。ですがお嬢様、実戦は遊びとは違うのです。一歩間違えれば命を落としかねないのですよ? 回避の訓練がしたいのならば、私に言って下されば良いでしょう」


 そのタチバナの声は普段と変わらなかったが、そこから自身への心配をアイシスは感じ取っていた。普段は徹頭徹尾冷静なタチバナだが、自分の身を案じる時にはその思いを感じ取れる。やや不謹慎ながら、それがアイシスには嬉しかった。


「……ありがとう。貴方の言いたい事は良く分かるわ、タチバナ。でも、貴方へ攻撃する小鬼を見て、あの程度なら避けられると思ったからこその行動だったのよ。それに、貴方に頼めば私が避けられる限界の速度で攻撃してくれるかもしれないけど、それはやはり手を抜いた攻撃でしょう。あの小鬼の攻撃はへなちょこだったけど、本気で私を殺そうとしていたわ。その方が実戦の訓練にはなると思ったのよ。でもまあ、今後は控える事にするわね。貴方をあまり心配させたくはないし」


 そのアイシスのやや長い弁明を、タチバナはただ黙って聴いていた。アイシスが話し終えると、やや間を空けてから口を開く。


「……いえ、お嬢様がそう思われるのであれば、私に気を遣って控える必要などございません。但し、今後は私がいつでもお助け出来る状況に限る事と、今回の様にお嬢様が回避し続けられると確信出来る相手に限るよう、重々お願い致します。先程の戦いの際は、少々私との距離が離れ過ぎておりましたので」

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