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第94部分

「えいやっ!」


 そう言いながら強く踏み込み、アイシスが突きを繰り出す。その狙いは小鬼の目だった。小鬼の身体の構造など知らずとも、外見上の特徴から多少の推測は可能である。その推測から小鬼の身体は人体に近い構造だと仮定した時、頭蓋骨を貫かずとも脳に届き得る場所と言えば、その目しかアイシスには思い付かなかった。


 本人としても意外な事ではあるが、アイシスにはタチバナも認める程の戦闘の才能が備わっていた。とはいえ、まともに突きを繰り出すのは未だ数回目、実戦では三回目である。よって、この突きはそれなりの鋭さを持ってはいたが、小鬼の眼球という小さな的を正確に捉える事は出来なかった。


 しまった。レイピアの切っ先が眼球の近くに触れた時にアイシスはそう思ったが、頭蓋骨の眼窩に沿う様に滑ったその剣は、小鬼の頭部に深々と突き刺さる。小鬼が醜悪な断末魔を上げると、その身体は力を失い、地面に崩れ落ちようとする。レイピアに掛かる力からそれを感じたアイシスがそれを引き抜くと、小鬼は力無く地面へと崩れ落ちた。


「やった……のよね?」


 アイシスが無意識でそう呟く。地面に倒れた小鬼は頭部を血溜りに乗せ、その身体は痙攣する様に僅かに動いていた。その光景はアイシスにとって気持ちの良いものではなかったが、以前の経験から今度は目を離す事は無かった。やがて小鬼がその動きを完全に止めると、それを待っていたかの様にタチバナが口を開く。


「お見事でした、お嬢様」


 そのタチバナの言葉が聞こえた事で、アイシスは漸く小鬼の亡骸から目を離す。尤も、そうしてタチバナの方へ顔を向けた事で、より多くのそれが視界に入る事にはなったが。


「……タチバナこそ、流石だったわ」


 アイシスがそう言うが、その声はアイシスの複雑な心境を表すかの様に、やや覇気に欠けるものだった。勝利の喜び、直前に見た光景、無事に済んだ事への安堵……様々な思考や感情が入り交じり、アイシスは自身の思考を上手くまとめる事が出来ずにいた。


「……お嬢様。過ぎた事をあまり考えるのは、精神衛生的にもよろしくないかと思われます。……やや厳しい言い方にはなりますが、お嬢様がこの先も冒険者として生きていくつもりであるならば、今後もこの様な屍を、山の様に積み上げていく事になります。……尤も、仮にお嬢様が平和な生き方を志したとしても、それは同じ事ですが。ただ、それが目に入らなくなるだけ。我々人間とて動物、他者の命を奪わねば生きていく事は出来ないのですから」


 タチバナが淡々とした口調で、だが所々に少しの間を挟んで話す。それは本人の言葉通り、アイシスには正しくも厳しい言葉に聞こえていた。だが、それが自身を励ます、或いは慰める為の言葉である事は、アイシスにも十分に理解出来ていた。


「……何を言っているのかしら? 私はただ、このノーラのレイピアが、この気持ち悪い魔物の血で汚れたのが気に喰わなかっただけよ……高かったのに」


 そのタチバナの気遣いに応える様に、アイシスが無神経を装って言う。尤も、この発言自体は最後以外偽りではなく、アイシスが心から思った事ではあったが。その発言を聞いたタチバナの口からは思わず小さな笑いが零れるが、それに気付いた者は居なかった。


「……そうでしたか。それは失礼を致しましたが、高級品とはいえ武器である以上、血や体液で汚れる事は避けられないかと。一先ずは強く振る事で付いた液体を飛ばし、後に布で拭き取れば良いでしょう」


 タチバナがそう言うと、アイシスは虚空に向けてレイピアを強く振る。過剰な程に磨き上げられた刀身に付いた液体は、それだけで殆どが飛散する。それを見届けたタチバナが武器の手入れ用の布を差し出すと、アイシスはそれを受け取り、銀色に輝く刀身を拭きながら口を開く。


「ところで、今の私の戦いを見ていて、どう思ったかしら?」


 先の戦闘は、アイシスなりに様々な事を考えながらこなした戦闘だった。アイシス自身としては、それなりに得るものが多い戦いだったと思ってはいた。そして幸運な事に、人間としては恐らくこの世界でも最高の戦闘能力を持つであろうタチバナが、それを見ていた。その評価を聞く事は、戦いそのものと同等以上に今後に活かす事が出来る。そうアイシスは思っていた。


 だが、その問いにタチバナは直ぐには答えなかった。えっ、そんなに悪い戦いだったかしら、とアイシスは少々の不安を抱くが、少しの間を置いてタチバナは口を開く。


「……それについてお話を致しますと、少々お時間が掛かってしまいます。ですので、先ずは荷物を拾って参りまして、水が無い為に出来ずにいた事をしてしまうのは如何でしょうか。お嬢様も、そろそろ新鮮なお水を飲まれたい頃でしょう」


 えっ、そんなに言う事がある様な戦いだったかしら? タチバナの言葉を聞いてアイシスが最初に思ったのはそれだった。その後に続く提案はタチバナらしく理に適ったものであり、反対する余地は無かった。だが、自らの戦いへの評価を後に回されたアイシスは、まるで試験の採点結果を待つ時の様な、期待と不安が入り交じった感覚を、暫しの間胸に抱き続ける事になるのだった。尤も、少女にはその様な経験は無いのだが。

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