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第91部分

 タチバナが先頭を行くのを、アイシスは必死で追っていた。速度自体は早足という程度であり、アイシスでも楽に出せる程度であった。しかし、道を外れた事で徐々に荒れ地の様に足元が悪くなって来ていた事や、木の枝や蜘蛛の巣等の障害物をタチバナの様にすいすいとは避けられなかった為に、アイシスは所々で走る羽目にはなっていた。そうして何とか付いて行っていたアイシスだったが、ふとタチバナがその足を止める。


「ちょっとタチバナ、速すぎ――」


 それによって追い付いたアイシスがタチバナへ文句を言おうとするのを、タチバナが手で制する。タチバナとしてはアイシスが十分に付いて来れているという判断ではあったが、慣れない動きに四苦八苦したアイシスとしてはそれなりに辛い道中であった。にもかかわらず、仮にも主である自身の言葉を途中で遮られたアイシスは、タチバナに物言いたげな目線を送る。だがタチバナはそれを気にする素振りも見せず、木の陰からその向こうを右手の親指で指す。


 不満気な表情を変えぬままにアイシスが木の陰から顔を覗かせ、タチバナが指した方向を見る。そこには湧き水らしきものと、それを囲む様に四つの人影らしきものがあった。人影は武器の様な物を携えていた為、アイシスはそれらを最初は他の冒険者だと思った。が、よく見ればそれらは人間よりやや小柄で、髪の無い頭部に短い角を生やし、粗末な布を身に付けた醜悪な容貌をしていた。少なくともアイシスの審美眼では、だが。


「何よ、あれ」


 木の陰に顔を引っ込めたアイシスが呟く。人の様な風貌をしてはいたが、それは今までに見た魔族やドワーフ等の異種族とはまた別のものに見えた。


「あれは小鬼ゴブリンと呼ばれる者達です。人の様な外見はしていますが、魔物の一種だとされていて、実際に人類にとっては敵となる存在です。力はあまり強くはなく、簡単な武器を使う程度の知能は持っているという程度で、一体では大した脅威にはなりません。ですが集団で行動する事が多く、連携の様な行動を見せる事もあるので、時には厄介な相手にもなり得ます。四体しか居ないというのは幸運と言えるでしょう」


 アイシスの疑問に、タチバナが小声で答える。小鬼ゴブリン。ファンタジーでは定番とも言える怪物であり、少女がかつて読んだ作品にも結構な頻度で登場していた。それらの作品でも主人公等に躊躇なく倒されていたし、タチバナも完全に敵として語ってはいる。しかし、根が優しいアイシスには相手が持つ人に似た容貌と、ある程度の知能は持っているという事から、それらを自分達の都合で手に掛ける事には抵抗があった。


「……確かに今、私達には水が必要だけど、あの水場は向こうの方が先に確保していたのよね。向こうから此方に仕掛けて来た訳じゃないし、やっつけて無理やりに奪う、というのは抵抗があるのだけど」


 アイシスが小声で正直にそう言うと、タチバナは深いため息を一つ吐く。それが呆れている事を示す為の行動である事はアイシスにも分かっていたが、何故かアイシスには、タチバナがそれと裏腹な表情を浮かべている様に見えたのだった。


「……お嬢様。確かに現在の所は、あの者達は我々に向かって敵意を持ってはおりません。ですが、それは私が先にあの者達の存在に気付き、この様に息を潜めているからです。もしも先程お嬢様が大声を出していたならば、あの者達は此方に気付いて嬉々として襲い掛かって来ていたでしょう。そして、それは他の冒険者が此処を通ったとしても同様です。今此処で我々があの者達を無視したとしても、何れは誰かが被害に遭う、またはあの者達の命を奪う事になります。更に、あの小鬼という――」


「分かった、分かったわよ。冒険者を続けるなら、どの道いずれは経験する事だって事もね。だから説教じみた事を言うのはもう止めて頂戴」


 アイシスの発言に対してタチバナが淡々と反論をしていたが、それをアイシスが遮る。タチバナの発言は全て理に適っていた上、アイシスも最初から薄々と気付いていた事でもあった。どちらにせよ誰かが倒す必要があるのであれば、タチバナというジョーカーを持つ自分達がそうすべきである事も分かっていた。だが、仮にも主である自分の意見を従者であるタチバナに反対されたという事で、言わば一つのポーズとしての台詞であった。


「ご理解頂けて何よりです。それでは、あの者達のうち三体は私が処理しますので、お嬢様は残りの一体の相手をお願い致します」


 自身の言葉を遮られた事など気にしていない風でタチバナが言う。事実、タチバナは自身が論理的に説明をすれば、アイシスなら納得するだろうと予測をしていた。タチバナは主の優しさを誇りに思っていたが、同時にその理知的な判断力を信用しているのだった。


「え? 貴方がやるんじゃないの?」


 タチバナの言葉に、アイシスが思わず聞き返す。確かに経験を積むには良い場面ではあるかもしれないが、タチバナが主である自身を、僅かでも危険な状況に立たせるというのは少々意外に思えた。巨蜂の時の例もあるにはあったが、同時にタチバナも戦うのであれば状況が違うのでは。そう考えたアイシスだったが、タチバナがそうすべきだと判断した時点で、既に一切の迷いは存在しなかった。

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