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第86部分

「そして最後の一つ。貴方はさっき『戦いにのみ愉悦を感じる』とか言ってたけど、本当にそうなのかしら? 別に貴方の感覚にけちを付ける訳じゃないけど、他にも楽しい事は沢山あるんじゃない? 少なくとも、私は今貴方と話していて結構楽しかったのだけど、貴方は違うのかしら?」


 アイシスが黒星に繰り返し問い掛ける。先の話の時も含めて、その間には誰も口を挟む事は無かった。タチバナはその表情を変える事も無く、また微動だにせずそれを聴いていた。黒星も腕を組んだまま殆ど動かずにアイシスの話に耳を傾けていたが、その内容によって表情を変化させてはいた。アイシスの話が終わる頃にはやや厳しめのものに固定されていたが、それを緩めるとゆっくりと口を開く。


「……黙って聴いておれば、小娘が随分と知った風な口を利くではないか。……まあ良い、今度こそ我は去るとしよう。さらばだ。また会おう、若き冒険者達よ」


 言葉の割には柔らかな表情でそう言うと、黒星は丘の方へと走り去っていった。あまりに急な出来事に、アイシスは黙って見送る事しか出来なかった上、その凄まじい速度の為に直ぐにその姿を見失ってしまった。タチバナはその動きをしっかりと追っていたが、やがて意図的に視線を切る。


「……怒らせちゃったかしらね。まあ今思えば、私も初対面の相手に言い過ぎちゃった気がするから仕方無いかな」


 暫く黒星が去った方を見つめていたアイシスが、タチバナの方へ向き直りながら問い掛ける。それを聞いたタチバナは首を二度横に振った後、口を開く。


「いえ。怒っている様な表情は浮かべてはいなかったと思われます」


 タチバナが短く答える。実際にはタチバナなりに黒星の行動の理由を推測出来てはいたが、その心中を勝手な推測で他人に伝えるべきではないと思えた。主であるアイシス以外の事を気にしている。それをタチバナ本人は不思議に思ったが、それでも「怒ってはいなかった」という、主が求める情報以外を伝える気にはならなかった。


「そうだと良いけど。それよりタチバナ、貴方本当に凄いわね!」


 タチバナにとっては幸いな事に、アイシス本人もそれ以上の情報を求めてはいない様だった。黒星が去った事でその興味はタチバナへと移り、先程の戦い振りを素直に称賛する。が、当のタチバナの反応は薄いものだった。


「……ありがとうございます。ですが、何についてのお褒めのお言葉でしょうか」


 従者として主の称賛には礼を返すが、タチバナは何について褒められているのかが分かっていない様子でアイシスに問い返す。


「何って、さっきの戦いの事よ。貴方がずっと押していて、最後には急に黒星が戦いを止めたでしょう? 貴方が勝ったって事じゃないの?」


 タチバナの反応を不思議に思いながら、アイシスが先の称賛の意図を説明する。結果として先程の戦いを振り返る事になるが、自分の見たままを話しながらも、アイシスはそれが正しくないという事には既に気付いていた。自身の言葉通りではなかった事は、タチバナの態度からも明白であった。


「……成程。お嬢様には先程の戦いがそう見えたのですね。確かに目に見える出来事としてはお嬢様の仰る通りですが、良く考えてもみて下さい。先ず、私が攻撃を仕掛ける側になったのは奇襲のお陰です。私も、恐らくは黒星殿もそれを卑怯などとは思っていませんが、それが無ければ全く逆の立場であった可能性は十分にあります」


 タチバナが先程の戦いについて話すのを、アイシスは真剣に聞いていた。結果としては互いに無傷のままで終わり、タチバナの攻撃を黒星が避けるだけの地味なものではあったが、恐らくは世界でも最高峰のものであったであろう戦い。その当事者の話を聞けば、下手な戦闘や訓練をこなすよりも余程自身の為になる。そうアイシスには思えた。


「その事については互いに納得済みだとして措いておくとしても、お嬢様。ご自身と同等の身体能力を持つ敵と相対したとして、その者の攻撃を全て避ける自信はございますか?」


 その突然の問い掛けにアイシスは少々驚く。話が飛んでいる様にも思えたが、タチバナが話す事ならば必ず意味がある。そう思ったアイシスは、自身がレイピアで突きを繰り出す場面をイメージし、それを受ける側に自分が立つ事を想像する。一撃目を躱す事は出来るかもしれないが、何度もとなればその自信は持てなかった。


「……想像してみたけど、多分無理ね」


 アイシスが素直に答えると、タチバナは頷いて話を続ける。


「はい。相手も自身と同等の能力を持つ場合は、ですが、攻撃を躱し続けるという事はそれを完全に読みでもしない限りは難しいものなのです。そして、自分で言うのも何なのですが、私は相手に読まれない様に攻撃をする事には自信があります。にもかかわらず、あの方はそれを全て避けてみせました。逆の立場であった場合に、私にも同様の事が出来たとは言い切れません」


 ここまでのタチバナの話を聞き、確かに尤もな事を言っているとアイシスは思っていた。だが、逆の立場でもタチバナが攻撃を受ける場面は想像出来ないし、実際にはタチバナが攻めていたのだから、もしの話をしても勝敗には関係無いのではないか。そうも思っていたアイシスに向け、タチバナが話を続ける。


「さて、今まで色々とお話ししてきましたが、これまでの話は正直に言えばおまけ程度のものに過ぎません。お嬢様。あの方が何者であったかを覚えておいででしょうか」

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