第391部分
尤も、流石の大賢者とてその様な前世の記憶絡みの事までは察し様が無い筈である為、恐らくはそれを単に自らの冗談への反応だと判断したのであろうシラユキもそれに気を良くしたのか僅かにその表情を緩ませるが、そこでふと、いや別にその表情の変化によりそうなった訳ではないというか、そもそも当人はそれに気付いてすらいなかったのだが、兎に角或る事に思い当ったアイシスは軽く首を傾げる。
「……どうした?」
が、それは例によって口には出し辛い内容だったのか、暫し経ってもそれについて何も口にせずにいるアイシスに遂に痺れを切らしたのか、シラユキは折角の笑みを怪訝そうな表情に変えながらそう尋ねる。
「いえ、何でも……なくはないんですけど、その割にはシラユキ先生の……お召し物はあんまり……」
その突然の質問に、そもそも当人としてはその思考を表に出した覚えの無いアイシスはひどく驚きながらも、やはり口にする事は憚られる内容だったのか一度は誤魔化そうとするが、シラユキ相手ではそれは厳しいと考えたのか、或いは隠すべきではないと考えを改めたのかその途中で方針を翻すと、言葉を慎重に選びながら先の思考の内容を明かす。
「お洒落ではない、と申すのか?」
とはいえ、その核心となる部分については言葉の選び様も無いのか流石に言い淀んでいたが、それを聞いていたシラユキはそこまで来れば流石に言いたい事も分かる、とでも言わんばかりにそれをあっさりと代弁すると、その真偽の確認をアイシスに迫る。
「ええと、そこまでは言いませんけど、その少し地味かな? とは」
そして、その理解は実際に正しかった訳ではあったのだが、それを言い当てられても尚、流石にそう明言するのは憚られたアイシスは一度回答を濁すと、何とか失礼にはならない程度の表現を探してそう、シラユキの服装についての自らの見解を述べる。
尤も、それはあくまでも衣服そのものについての話であり、それを身に着けたシラユキの外見に関しては未だに気を抜けば直視するだけで何だか照れてしまう、という程度には美しいと思っている上に、そもそも別に衣服が地味であったとしてもそれを問題だと思っている訳でもないのだが、これまでの美容やお洒落への理解を示していた言動の割には、という事で当人の中ではそれがちょっとした疑問として浮上したのであった。
「ふん、まさに子供の感想じゃな。お洒落というものは何も華美な物を身に着ければ良いというものではない。儂の様に素材が良ければ、寧ろ地味な位の方が本人の邪魔をせず良いという事もあるのがお洒落というものじゃ」
しかし、当人に促された結果であるとはいえ、そのアイシスの言動は流石に失礼である事は否めなかったのだが、それを受けたシラユキは寧ろその発想を嘲る様にそう言うと、お洒落というものについての千年を生きた者の認識を語る。
が、良い事を言った、とでも言う様に得意げな顔を浮かべたシラユキの表情とは裏腹に、それを聞いたアイシスはそれに納得の意を示す事も自身の浅慮を恥じる事も無く、ただその目を見開いたまま呆然とシラユキの方を見ていた。
というのも、その言葉自体にはアイシスも無論納得したというか、そもそも派手だったり独創的な形状だったりというものばかりを「お洒落である」という前世での風潮には当人も異を唱えたかった位であったのだが、その発言の中で何気なく口にされた「儂の様に素材が良い」という、つまり自身の美しさを自覚しているという言葉が、少なくとも当人にとってはあまりにも意外であった為に、その意識の殆どがそちらへと引っ張られたままとなっていたのであった。
いや、当人が自身の事をどう思っているかは兎も角、千年を生きれば……なんて事を考えるまでもなく、自身がそう感じた様にその美しさを称賛される経験には事欠かない筈である為、それを自覚している事の何が意外なのかという話ではあるのだが、厳密に言えばそれを自覚していた事が意外なのではなく、当人がそれを認めて口に出したという事がアイシスにとっては予想外の事だったのである。
「尤も、別に儂がこれを選んだのはお洒落の為という訳ではなく、単に色々な意味で楽だから着ておるというだけなのじゃがな」
ともあれ、その驚きにより、仮にも師からの言葉に対してもアイシスが暫しの間何の反応を見せなかった事は確かではあったのだが、それ故か続けて口を開いたシラユキはやはりその事を気にする素振りも見せず、別に自身の服装はお洒落の為に選んだものではない旨を語る。
尤も、その演技力の件を抜きにしても、その発言の真偽はアイシスには分かり様が無かったのだが、まだ出会ってから丸一日すらも経過していないのにそう考えるのはどうかとは思いながらも、その当人にとっては「ずっとシラユキらしい」と思える発言を聞くと、妙な安心感により一気に落ち着きを取り戻すのであった。




