第381部分
「成程の。お主にもしっかりと伝わっている以上、『挨拶をした』という言葉も嘘ではないという事か。これは儂も自らの浅慮を省みねばならぬのう」
しかし、当然ながらその願いはその存在すら当人以外には知る由も無い為、そのアイシスの話を聞いたシラユキはやや不服そうではあるもののそう納得の意を示すと、どうやら何者かに、いや何者かも何も文脈からしてフィーの事なのだが謀られたらしい事を匂わせながらも、それを責めるのではなく自身の勝手な思い込みへの自省を口にする。
いや、フィーが実際にどの様な言葉を口にしたかまでは不明なものの、少なくとも「挨拶をして来た」とだけ聞かされたのであれば、互いにそれを交わしたと思う事はごく自然な事だろう、とはそれを傍で聞いていたタチバナも思っていたが、誰もがその才を疑いこそしないものの、その様な事をも自らの失敗と捉える心持ちこそが、その圧倒的な能力を支えているのかもしれないとも思っていた。
「ええと、話を聞く限りだと、どうやらシラユキ先生とフィーさんはお知り合いなんですか?」
一方、先程その察しの悪さを指摘された事自体は、フィーに対する彼我の認識の齟齬によるものであった事は判明したアイシスであったが、その指摘も的外れではなかったのか、そのシラユキの話を聞いたアイシスは未だ不思議そうな表情を浮かべたまま、そう流石に今更感のある質問を口にする。
尤も、その訊き方からしても、流石にアイシスもその事実を理解した上でそれを確認する様な質問ではあったのだが、その不要な程に慎重な姿勢は兎も角、一連の話を聞いても尚その確認を優先したという事実は、まあ「察しが悪い」という認識をされても仕方が無いものだった。
「……お知り合いも何も、先に申した『お友達』とはあ奴の事じゃ。まあ、繰り返しにはなるが、あ奴が儂をそう思うておるかまでは知らぬがの」
だが、その質問を受けたシラユキは一度深い溜め息こそ吐いたものの、その「察しの悪さ」についてはそれ以上の言及はせずに素直にその質問にそう答えると、当人にとっては余程重要な事であるのか、改めてその関係の認識はあくまで自身からの一方的なものである事を示す。
「……ええと、やっぱりそうだったんですね? ……という事は、フィーさんも歌がお好きって事ですよね!? 何だか気が合いそうで嬉しいです!」
しかし、一方が、少なくとも仮に相手がそういう振りをしているとしてもそれを見抜けない様な人物ではないシラユキがそう認識している以上、その「お友達」という認識は当然互いに一致するのでは、としか思えなかった為、その言わんとする事が今一つ分からなかったアイシスは僅かな沈黙の後、結局は分からない事については言及せずその前半についてだけそう答える。
が、そこで漸く一連の話の関連付けが完了したのか、フィーが同好の士である事を知ったアイシスは急にテンションを上げてそう再度確認の質問をすると、最早その返事を待つ素振りさえ見せずに続けて自身の胸中に溢れた思いをそのまま言葉にする。
「じゃろうな。儂もそう思うておった故、先には察しが悪いなどとも申してしまった訳じゃが、まあ、此処におればその内再会する、もとい今度こそ言葉を交わす機会もあるじゃろう」
しかし、途中にちょっとした互いの認識の齟齬があったとはいえ、これまでの経験や話の流れを考えれば、そのアイシスの反応は今更のものであるとも言えなくはなかったのだが、それを最も間近で見たシラユキはやはりその辺りには触れる事も無く頷きながらその言葉に同意を示すと、途中で大賢者らしからぬ言い直しを経つつも今後の両者の未来についての展望を示す。
「はい! 新しい楽しみが出来て嬉しいです!」
そのシラユキの言葉に、より厳密にはそれによりほぼ確実な到来が示された未来、則ちかつての世界の事を含めても母以外では初めてとなる同好の士との出会いに、期待を膨らませた……いや膨らませ過ぎたアイシスはそう元気良く返答すると、その未来を想像して表情を緩ませながら再度その思いをそのまま言葉にする。
尤も、良く考えればフィーとの再会については既にタチバナからもその可能性が示されていた様な気もする為、その事について今更これ程の喜びやら期待やらを表現するのは大袈裟ではあったのだが、例によってその時の記憶が薄れていた事と、その「お友達」であるシラユキの口からその未来が示された事でそれがより現実的に感じられた事を考えれば、まあ仕方が無い反応であるとは言えなくも無かった。
実際、その過去の発言については当然ながらアイシスよりは確かな記憶を持っていたタチバナも、その事についてわざわざ言及しない事は勿論、内心でも微塵も気にしておらず、相変わらず自身とは異なり自らの感情を素直に表現して喜びを見せている主の反応に対し、此方も素直な喜びを九、若干の憧れを、或いは羨望を一程度の割合で抱いていた。




