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第379部分

 とはいえ、それはあくまでも……少なくとも傍から聞いた分には単なる呼吸音にしか聞こえない程度の音ではあったのだが、それでも実際に観測可能な音が出た事は確かであり、かつこれまでも当然ながらタチバナも呼吸はしていたものの、無意識に調整している事もあり自然なそれの際には殆ど音が鳴らなかった事から、概ねの事情を察したであろうシラユキも思わず……かどうかは不明だが、その音の直後には応じる様に微かな笑みを浮かべていた。


「……まあ、そうじゃな。向こうがどう思うておるかは知らぬが、儂にとっては数少ない『ご友人』、もとい『お友達』だとは言える……かもしれんの」


 しかし、当然ながらタチバナ当人がそれを知る由などは無いのだが、別に知る必要も、或いは知らせる必要も無いという事なのか、その表情の変化と共に下手な演技を止めて自然な体勢に戻ったシラユキは漸く口を開いたもののその事には特に触れず、アイシスの質問に対してそう、珍しくひどく曖昧な答えを返す。


 尤も、文面上でこそ確かに曖昧なものではあったものの、最終的にはそうであると認めている以上、それは単なる照れ隠しに過ぎないのだろう、と考えたアイシスはその前の演技についても同様であると気付いた、より厳密には当人としてはそうであると判断した事により既に微笑ましさを抑え切れなくなっていたが、それはそれとしてまた新たな疑問も生じていた。


 いや、その疑問は兎も角仮にも自らの師である、或いは千歳をも超える圧倒的な年長者を前にしてその態度は流石に失礼ではないか、という話ではあるのだが、当然ながらそれは当人も承知している為にどうにか表情の変化を抑えようという努力はしていたものの、力及ばず結果としてはその努力の跡も感じられない程のにやけ面を晒す事になっていたのである。


 とはいえ、そうは言ってもその疑問も中々に大きなものであり、それ故にその存在が表情にも明確に滲み出ていた為、最終的にはアイシスの表情はそれと先述の微笑みが入り混じった、何とも名状し難いものとなっていたが、さしものシラユキもその摩訶不思議な表情の意味を解き明かす事は容易ではなかったのか、或いは単に会話の順序からそれを控えただけなのか、やや眉を上げるだけでその反応について言及する事は無かった。


「……もしかして、その方も人間ではない――あ、もしかしてシラユキ先生と同じエルフの方ですか!?」


 そして、実際の当人の意図こそ不明なものの、その待機をその前者と捉えたアイシスはゆっくりと口を開くと、先の師の発言から生じたその疑問、つまり自身がわざわざ言い換えた「ご友人」を此方もわざわざ「お友達」と言い換えた事へのそれを口に出し掛けるが、その途中でそれへの自分なりの答えに思い当たった結果、そう見当違いの推測を自信満々……という程ではないにせよそれなりにそれが満ちた語調で口にする。


「……思うておったよりも察しが悪いのう。というよりも、儂の生まれの話を聞いて良く儂が他のエルフと仲良くなれると思えるのう」


 が、その力強い語調とは裏腹にそれを聞いたシラユキは先ずは溜め息を一つ吐いた後、呆れた様にその察しの悪さを指摘すると、先に話した自身の生まれについての話を引き合いに出して感心した様にそう続ける。


「え? あ、その、ごめんなさい――」


「いや、その話の際にも申した通り、儂自身は別に当初から気にしてはおらぬのじゃが、それを素直に事実と受け取れる事に感心しただけじゃ。この話をした相手は決して多くはないが、大体の奴は要らぬ同情というか気遣いをしておったからのう」


 しかし、その直前の呆れた様な態度から自然にそちらもそれに近い意図の発言であると受け取ったのか、その「お友達」がエルフであるという自身の言葉が配慮に欠けるものであったと考えたアイシスは驚きつつも素直に謝罪を口にする。


 が、その反応は本意ではなかったのか、その反応を見たシラユキはその言葉の途中に割り込んで先ずはその謝罪は不要である旨を示すと、他の人物との比較をしつつも先の発言の意図を、つまり自身はアイシスの素直さに感心していた旨を説明する。


「それに、儂の方は気にしておらぬとしても、そもそもこの外見が元であの様な判断がされた位であるし、向こうはとても儂と「お友達」になろうなどとは思わぬじゃろう。それでなくとも、儂の様な……つまり他者よりも遥かに優れた力を持つ者は、その助力を享受する立場以外の者からは脅威として見られる事が多いものじゃからな」


 しかし、その他者との比較が良くなかったのか、それを「多くの者がしていた配慮を出来ていない」とも取れると考えたアイシスはその感心を素直に受け取れずにいたが、実際の意図は兎も角、続けて口を開いたシラユキはそれに構う事も無く、普段通りの口調で自身が「お友達」として見られる事は少ない理由を淡々と説明するのであった。

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