第378部分
しかし、その丁寧な説明を最後まで微動せず聞き届けた後、それが一般的な観念として正しいかは兎も角、自身の「楽しく歌う事が第一」という哲学とは概ね一致していたという事で一度はうんうんと頷いて納得を示したアイシスであったが、その途中で何かに気付いたのか急に首を傾げて何らかの疑問が発生した事を示す。
「……どうした?」
が、その割には何を口にするでもなく、アイシスがただその首の傾きの角度を少しずつ深めていると、暫くはただその様子を眺めていた、というより当人の言葉を待っていたであろうシラユキも流石にその内心までは読めなかったのか、遂に当人にその行動の意図を尋ねる。
「……ええと、仰っていた事には納得したというか、私も個人的には似た様な事を思っていたのでそう言って貰えて嬉しかったんですけど、その……」
と、仮にも師からの……という事を措いても、既に心を許している相手からの質問という事で、やや言葉を詰まらせながらもアイシスは素直にそれに正直な答えを返すが、余程口には出し辛い事だったのかその途中で再度言葉を詰まらせると、シラユキの表情を窺う様な視線を送る。
「何じゃ? 良いからはっきり申してみよ」
しかし、この時だけ急に察しが悪くなった……という訳ではないと思われる以上、それ程までにそのアイシスの反応は予想外だったという事なのか、そこまでの手掛かりを得ても尚シラユキはただそう聞き返すと、アイシスにその言葉の続きを促す。
「……ええと、その『心を~』という意味でも、さっきのシラユキ先生の方が……とまでは言いませんけど、十分に表現出来ていたんじゃないかな、と思いまして。とても楽しそうに歌っていらしたので」
その当人にしては珍しい言動に、何でもお見通しだと思っていた師にも分からない事もあるのか、と妙な感動を覚えたアイシスは一瞬固まったかの様な間を空けるが、その師にそこまで言わせたからには答えを待たせる訳にもいかないと直ぐに立ち直ると、先程自身の胸中に生じた疑問というか、考えをやや言葉を選びながらも正直に明かす。
いや、その考えの内容は兎も角、シラユキとて相手の内心の事など分からないのは当然であるというか、当人もそう言っていた上にそもそもこれまでにもそういった場面はあったではないか、という話ではあるのだが、その割には本来ならば分からない筈の内心を見透かしたかの様な言動も多々あった事もあり、アイシスとしては未だにその「当然」の事すらも忘れてしまいがちなのであった。
「……まあ、儂が再現をした相手もお主と同様に心底楽しそうに歌う奴であるからの。思えばそう見えるのも当然ではあるのじゃが、儂自身は別に……いや少なくとも見た目程には楽しんでおった訳ではない」
ともあれ、そうして自身が求める情報が明かされた訳であったが、にもかかわらずそれを聞いたシラユキは暫しの沈黙の後に漸く口を開くと、アイシスの目にはそう見えるのも無理はない、という事は理由を示した上で認めたものの、実際にはそこまで楽しんでいた訳ではないと主張する。
が、その説明は如何にも尤もらしい上に、そもそもシラユキの演技を見抜く事など出来ないとは当人も認めているにもかかわらず、それを一通り聞き届けたアイシスは半ば無意識にこう思っていた。いや、流石に無理があるだろう、と。
「……そうでしたか。ところで、その『楽しそうに歌う』という方はおともだ……ご友人なんですか?」
とはいえ、その思いには特に確かな根拠がある訳ではない……という事を措いても、当人がそう言っている以上はそれに疑いを示す事は勿論、持つ事自体も本意ではない為、アイシスはやや遅れながらもそう答えて納得の意を示すと、その内心の思いを風化させる為にもその話の中で他に気になった部分について尋ね……ようとするが、自然に口から出た言葉が何となく失礼に感じられ、わざわざ言い換えた上でそう尋ねる。
しかし、その問いは肯定か否定の二択を問うだけの、アイシスがしばしば陥りがちな混乱状態であっても答えられそうな単純な質問であったにもかかわらず、それを受けたシラユキは即答する事も無く、直前にアイシスが見せていた様に……どころかそれ以上の角度で首を傾げて悩む素振りを見せていた。
尤も、その明らかに過剰な動作もあり、流石のアイシスでもそれが演技であると、しかも本気で演じれば此方にはそれと分からない以上、わざとそう分かる様に演じられたものであるという事は直ぐに理解出来ていたが、このタイミングでその様な事をする意図にも、そもそもその単純な問いに答える事に時間が掛かっている理由にも皆目見当は付かなかった為、ただ不思議そうにその様子を見つめていた。
だがその一方、その「楽しそうに歌う」という者にも心当たりがある上に、その者とシラユキとの関係についても、直前の出来事も含めて何となく察しが付いて来ていたタチバナにはその妙な間についても同様であった為、その「大賢者」と呼ばれる程の者のそれとは思えないとぼける姿は見えてこそいなかったものの、というよりも見えていなかったからこそ、それを何処か近くで見ているであろう「その者」の不服そうな姿ともども想像してしまった結果、遂に軽くではあるが口から意図しない息を吐き出してしまうに到っていたのであった。




