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第375部分

「凄いです! シラユキ先生は歌までお上手なんですね!」


 そして、少し遅れて口を開くと、その替え歌の中では割と散々な言われ方をしていたにもかかわらず、その事については触れずに感嘆の声を上げる。尤も、自身の事は兎も角、タチバナの事らしき部分については言いたい事が無かった訳でもなく、例の妖精の事についてもその正体が気にならない筈も無かったのだが、自らが歌を好んでいるという事もあり、歌詞についてのあれこれよりもその歌声自体への感動の方が上回ったのであった。


 いや、それについては、まあ自らが仕事なり趣味なりにしている何かについて、それが甚だに優れている者を見ればそこに興味が引かれる事も無理はないとしても、自身が一度歌っただけの楽曲を完璧に歌っていた事について思う事は無いのか、という話ではあるのだが、当初こそその事への、いやその当初には「その曲を事前に知っていたのか?」とも思っていたのだがまあそれへの驚きと感動は半々程度だったものの、当人の性格か気付けばやはり感動の方が遥かに上回った結果、その疑問は何処かへ埋もれてしまったのであった。


「うむ……と言いたい所じゃが、儂の場合は『上手』とはまた異なるからのう」


 ともあれ、結構な悪口とも言える替え歌をしていたにもかかわらず、アイシスからその歌声への素直な称賛を受けたシラユキは、一度は此方も満更でもない様子で素直に頷くが、当人としては何か思う所でもあるのか直ぐにそう続けると、自身にはその称賛は合わない旨を答える。


 しかし、無論当人からすれば何らかの根拠があっての発言ではあるのだろうが、ただ不思議そうな表情で首を傾げるアイシスは勿論、一応は作業に復帰したもののまた聴覚に一定の意識を割いていたタチバナも、当然ながらその発言のみではその意図を理解する事は出来てはいなかった。


「……ええと、どういう意味ですか?」


 それ故に、まあ単に困惑していた時間も無い訳ではないものの、その説明があるだろうと暫し黙してそれを待っていたアイシスであったが意外にもそれが来ないと、何か理由があるのかもしれないとは思いながらも、流石にその意図を知らぬままではいられないという事で素直にそう尋ねる。


「うむ。というのもじゃが、この歌声は別に努力をして身に付けたものでも、儂に特別その才能があったという訳でもなく、単にその『上手』な奴の歌い方を再現しただけじゃからな。強いて言うならば、儂が『上手』なのは演技という事になるじゃろう。お主らと初めて会った時の様にな」


 すると、それを待っていたという事なのか、それを聞いたシラユキは先ずは満足げに頷くと、自身がアイシスの称賛を素直に受け取らなかった理由をそう、つまりその歌声が誰かの真似に過ぎない為だと説明する。尤も、その時点では「それこそ才能だろう」と誰もが思うだろう、というよりも実際にそれを聞いた両者共にそう思っていたが、当人からすればそれも織り込み済みだったのか、更に言葉を続けたシラユキは実例を示した上で自身は演技力が優れているだけだと主張する。


「……いや、やっぱり上手な事には変わりなくないですか? というか、シラユキ先生が『上手じゃない』なんてなったら、私とかどうするんだという話になっちゃいますよ……」


 しかし、その実例があまりに説得力に満ちたものであった事もあり、一度はその言葉に納得し掛けたアイシスであったが、だとしても実際にシラユキが見事な歌声を披露した事は確かであった為、一定の時間その事について改めて考えてこそみたものの、結局は自身の主張に誤りはなかったと結論付けてそう訊き返すと、自らとの差を引き合いに出してやや自虐的にそう続ける。


 というのも、アイシスはその一定の時間の思考の際、シラユキが披露したのが自らも歌った歌であった事もあり、一応はその「再現」の元が自身である可能性についても考えてはみていたのだが、それが即座に否定すべきものである事を一番良く知っているのは自身だった、といった経緯があった為に、シラユキの歌が上手ではない、という結論にはとても納得は出来なかったのであった。


「……技術がどうであるかは兎も角、お主の歌の方が余程魅力があると儂は思うがのう。まあ良い。そこまで申すのであれば儂の歌は『上手』であった事にしておくとしよう。これからは『お歌が上手なシラユキちゃん』とでも呼んでくれ」


 しかし、当人としてはそれなりに思う所があったからこそとはいえ、仮にも師の言葉に対してその反論は失礼な言動とは言えなくもなかったのだが、それを受けたシラユキはやはりそんな事は気にしてはいないのか先ずは小声でそう呟くと、あっさりと先の自身の言葉を曲げてその弟子の主張を認める。


 が、それだけでは師として示しが付かないと考えたのか、或いは単に面白くないと考えたのかそう、とても千歳を超え「大賢者」などと呼ばれる者とは思えない言葉を続けるのであった。

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