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第80部分

「いや、失敬。決して其方らを嘲笑った訳ではないのだ。強者の気配を感じて足を運んでみれば、それがまさかメイドのものであったとは。予想だにしない事実であった為に、思わず笑いが零れてしまったという訳だ。許せ、娘よ」


 その外見年齢からは考えられない様な口調で女性が言う。悪気は無かったとの事だが、アイシスから見れば無礼な輩である事に変わりはない。タチバナが警戒を促す程の相手ではあったが、取り敢えず話は通じると分かった今、アイシスには黙っている事は難しかった。


「貴方ねえ。いきなり現れて此方の行く手を塞いだと思ったら笑い出して、悪気は無いから許せですって? いくらなんでも失礼じゃない? せめて名前くらいは名乗りなさいよ」


 アイシスが捲し立てるが、タチバナもそれを止めなかった。相手の目的が不明な以上は下手に挑発すべきではないとは思いつつも、主がその思いを表す事を遮るような事はしたくなかった。アイシスの言葉を聞いた女性は再び笑い出しそうになるのを堪えると、軽く頭を下げる。その時、アイシスは女性の頭部に二本の角の様なものが生えている事に初めて気付いた。


「これは失礼をした。我は人間の作法には疎い故にな。では改めて名乗ろう。我は黒星ヘイシン、見ての通り魔族である。此処には強者との戦いを求めて参った所存だ」


 黒星と名乗った女性が良く通る声で堂々と話す。自身の要求が通り、相手の名前とその目的までも知る事が出来たアイシスだったが、直前に見たものと突如現れた新しい種族の存在に頭が付いて行かずにいた。その目的が戦いだと知ったタチバナはその警戒を更に強めていたが、アイシスは少々惚けてしまっていた。


「魔族?」


 殆ど無意識にアイシスがそう尋ねるが、その声は黒星には届かなかった。警戒を僅かでも緩めたくはないタチバナであったが、相手の物腰と目的から奇襲をして来る様な事は無いだろうという予測と、つい先程アイシスに言った自身の言葉の責任を取る為に、自らその問いに答える事にする。


「魔族とは、人間に近い姿をしていますが頭部に角が生えているのが特徴で、その名の通りに強い魔力を持っている種族です。身体能力等も基本的に人間よりも優れている事が多く、寿命も人間よりずっと長いとか。私もこうして実際に見るのは初めてですが、まさか実在していたとは思いませんでした。あの角を見る限り、嘘を吐いている訳ではないでしょう」


 そのタチバナの話を聞き、アイシスは冷静さを取り戻す。思えばノーラだってドワーフだと言っていたのだから、他の種族が存在してもまったく不思議ではない。第一、人間が空を飛んで来たと思うよりは余程納得が出来る。そう考えると心に更なる余裕が湧いて来たアイシスではあったが、現状にはそれ程余裕が無い事も分かっていた。


 しかし、戦いが目的だとはっきりと言った割には黒星は二人に仕掛ける事も無く、こちらが会話をしたり、こうして考え事をしていても、焦れている様子は見せなかった。いざとなれば『時間停止』の魔法を使う必要もあるかもしれない。魔族と聞いてそう考えていたアイシスだったが、思った以上に話が分かる相手なのかもしれないと判断し、もう少し探りを入れる事にする。


「ヘイシン? と言ったかしら。私はアイシス。アイシス・ハシュヴァルドよ。貴方は戦う為に来たって言ってたわよね。それは殺し合いがしたいという意味かしら?」


 アイシスが物怖じせずに黒星に尋ねる。こんな時ではあったが、自身が見知らぬ相手、しかも敵対しかねない相手とこうも堂々と話している事に、アイシスは感動を覚えていた。一方、本来であれば自身が相手との会話をするつもりのタチバナであったが、これまでのアイシスの話を聞いて彼女に任せても問題無いと判断し、口を挟まずにいた。


黒星ヘイシン、黒い星という意味だ。アイシスよ。其方は中々に肝が据わっているな。我を魔族と知って尚そのように堂々としているとは。おっと、話が逸れてしまったな。問いの答えだが、そちらがそれを望むのであれば、という所か」


 黒星がアイシスに称賛を送りつつ、その問いに答える。予想外の相手から褒められた事でアイシスは妙に照れてしまう。その衝撃によって元来の内向的な性格が戻ってしまった少女には初対面の黒星との会話を続ける事は難しく、結果として赤面したまま俯いてしまう。


 アイシスの突然の変化はタチバナと黒星の両者にとって不思議な事であったが、両者ともそれを深く気にする事は無かった。理由は兎も角としても、アイシスが会話を続ける事は困難である。そう判断したタチバナは、それを引き継ぐ事にする。


「成程。つまり、戦い方は此方が指定しても構わないという事でしょうか。おっと、失礼致しました。私はお嬢様の従者でタチバナと申します」


 誰を相手にしても変わらぬ口調でタチバナが淡々と言う。突然会話の相手が替わっても黒星は特に気にする様子は無く、腕を組んだまま口を開く。


「ああ。我は命の取り合いだけが戦いだと言う様な野蛮な魔族ではないからな。無論、一体一でも一体二でも、そちらが望む方で構わぬ。……だが、欲を言えば其方と一体一で戦ってみたいのだがな、タチバナ」


 黒星がそう言うと、二人の間の緊張感が高まる。それは俯いたままのアイシスにも伝わり、結果としてアイシスを我に返すのだった。

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