第372部分
一方、その突然の物真似にはその完成度も含めて驚かされつつも、というよりいつもの通り吹き出し掛けつつも、その的を射た説明には「何故こうも人の考えを察する事が出来るのか」と感心していたタチバナとは対照的に、実際にその指摘通りの事を考えていたアイシスにはその言動の意図を直感的に理解する事は出来なかった。
「……ええと?」
とはいえ、今度は会話に集中していなかった訳でもなく、その発言自体が難解だったという事でもない為、その文章的な意味自体を理解する事が出来なかった訳ではなかったが、やはり当人の視点からは現在の状況はどう考えても平和そのものであった為、更に少し考えてもその言葉の意図が分からなかったアイシスは繰り返しそうする事にやや抵抗を覚え、それ故にその疑問を直接的に表現はしないという些細な努力を見せながらも、結局はその意図を当人に尋ね返す。
「……妙な所で察しの悪い奴じゃのう。仮にも自らの主であり……いやある者が喉の渇きを訴えておったら、それを出来るだけ早く解消してやりたいと思うのは当然の事である……とは言わずとも、まあ何もおかしい事ではあるまい」
しかし、いや寧ろやはりというべきか、その質問を受けたシラユキはそれがその無駄な努力に対してか単純に理解の遅さに対してかは不明なものの、呆れた様子を隠す事も無く深い溜め息を一つ吐くと、その察しの悪さを珍しく直接的に指摘した上で、先のタチバナの行動の意図を分かり易くそう説明する。
尤も、その言葉には妙な言い直し方をした部分の意図が不明であるという「分かり易い」とは言い難い部分も無い事はなかったのだが、それを最後まで聞くなり、どころかその途中の時点からみるみる赤く染まっていった顔色からも、最早その様な細かい部分を気にしていないだけではあろうが、今度は「察しの悪い」アイシスにもその言わんとする事が十分に伝わっている事は明白だった。
一方、その一連の遣り取りを聴覚のみで見守って、もとい聞き守っていたタチバナにとっては、アイシスがその羞恥故に直ぐには口を開かなった事もあり、シラユキの言葉の意図が十分に伝わっているのかは不明だったが、無論その事を当人は知る由も無いものの、その心中にはアイシスと同様の感情が芽生えていた。
尤も、たとえ誰に見られている訳ではないとはいえ、やはりタチバナの方はその顔色を赤く染めたりはしていなかったが、本来当人には知られる事が無かった筈の情報が赤裸々に語られているという状況には、此方はシラユキが言い掛けた言葉の部分についても概ねの察しは付いていた事もあり、流石のタチバナでも一定以上の気恥ずかしさを覚えずにはいられなかったのであった。
なお、それについて直接的に口を出す事は先述の通り状況的に難しいとしても、シラユキの理解力の高さというか「察しの良さ」を利用すれば、何らかの方法で自らの意思をシラユキにのみ伝える事は難しくはない……とは言わずとも不可能ではなかった為、無論積極的にそうしたかったという訳ではないものの、その羞恥も当人が甘んじて受け入れたものである事を意味していた。
「……それじゃあ、頂きます」
一方、暫しの間は羞恥に顔を伏せていたものの、仮にも師からの発言に無視を貫いている訳にもいかない、という事でどうにか顔を上げたアイシスであったが、その瞬間に目に入った当人の表情からしてそれを気にする必要は無い事を瞬時に悟ると、体温の上昇と共に喉の渇きも加速していた事もあり、先ずはタチバナの厚意に応えるべきと判断して卓上の麦茶を湯呑へと注ぎ、そう呟いてから一気に喉へと流し込む。
尤も、確かにその状況にはタチバナからの厚意も無い事はなかったものの、そもそもアイシスの言葉を聞いて麦茶を用意したのはシラユキの方だったのだが、羞恥から立ち直った瞬間にその人の悪い笑みを見せられた事もあり、現在のアイシスの頭からはその事実はすっかりと吹き飛んでしまっていた。
「……ふう」
とはいえ、当人も暫しの間その存在を忘れてはいたものの、そうして喉の渇きを癒せば心も落ち着くというものであり、喉元を過ぎる麦茶の冷たさも手伝って一気に冷静さを取り戻したアイシスは、文字通り一息吐いてその身体と精神の双方を更に休ませる事を試みる。
が、そうして冷静さを取り戻したからこそ、一連の遣り取りに於ける自らの多くの失敗に気付いたアイシスの顔色は即座に再度赤く染まり、その火照りを覚まそうとして再度麦茶を注いで急いで呷った結果、案の定咽る事になったその顔色は、というよりも全身の色は更にその赤みを増していくのであった。




