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第371部分

 しかし、その反射神経と運動能力を以てすればそのシラユキの発言を途中で、つまり自身にとって不都合な内容が語られる前に遮る事は容易ではあったのだが、例によって種々の理由によりそれは叶わなかったタチバナは自身の感情を持ち前の精神力で律すると、一瞬だけ止まった手を直ぐに再度動かし始める。


 尤も、無論だからといってアイシスの反応が気にならない筈は無い為、傍から見れば気にせずに作業を続けている様には見えるものの、実際にはその意識の結構な割合がまたしても食卓の方へと向けられていたのだが、何となくその事を予想出来る者は居たとしても、その事実を真の意味で知り得る者は当人以外には居なかった。


「……それはまた、タチバナにしては随分と大胆な事をしましたね。シラユキ先生が受け取ると確信してたんでしょうか?」


 という訳で、当人が聞き耳を立てている、などとは想像もしていないアイシスは暫しの驚愕から立ち直ると、その原因となったタチバナの行動についてそう正直な感想を口にした後、とはいえタチバナが考え無しにそんな事をする筈も無いという思いから続けてそうシラユキに問い掛ける。


 尤も、シラユキとて他者の心中を完全に覗ける訳ではない、という事は既に当人の口からも説明済みである為、その質問への回答がそのまま真実を意味する訳ではないのだが、その実際の根拠がどうであれ、シラユキが口にした返答であれば概ねそうだと納得出来る、という程度には既にアイシスから師への信頼は厚いものになっていた。


「どうじゃろうな。本人にそう呼べる程の根拠があったかは分からぬが、何れにせよ儂が受け取り損ねる可能性など万に一つもあり得ぬからの。結果としてその行動は正しかったと言えるじゃろう」


 その過剰な程の信頼は自身でも感じている為か、その質問を受けたシラユキは先ずはそう一言自身も実際の所を知る訳ではないという断りを入れると、実際に分からない事を明言までするが、とはいえ弟子からの質問にそれだけで済ませる訳にもいかなかったのか、続けて今回のタチバナの行動に対する自身の見解を述べる。


「……でも」


 しかし、シラユキの口からそう言って貰えれば安心だろう、と直前の主の言葉に不安を深めていたタチバナが安心したのも束の間、意外にもその話でも納得するまでには至らなかったのか、少々の間を置いてアイシスが口にしたのは反論の意を示す言葉だった。


「おっと、未だ納得出来ていない様じゃな? 何が気になるのじゃ?」


 が、それは見様によってはタチバナへの、そして自身への不信を意味する言動であったにもかかわらず、それを聞いたシラユキは妙に嬉しそうにそう口を挟むと、続けて素直にアイシスが納得していない理由を尋ねる。


「え? ええと、確かにシラユキ先生が受け取り損ねる事は無いのかもしれないですけど、仮に受け取れなかったら湯呑は割れちゃう訳ですし、もし確信してないのに投げちゃったならやっぱり、その、不用意な行動なのかなって」


 すると、その疑問の内容は兎も角、その妙に嬉しそうな態度については心底意外だったアイシスは一瞬の狼狽を見せるが、仮にも師からの質問であるという事もあり、やや言葉を詰まらせながらも此方も素直にそれへの答えを口にする。


「それは違うな」


「え?」


 しかし、その返答を聞いたタチバナが「やはりその言葉通りに不用意な行動だったか」と自らの行動を後悔し掛けた刹那、シラユキがきっぱりと口にしたのは他の全員にとって意外な一言だった為、それを最も近くで聞いたアイシスも思わずその続きを待つ前にそう聞き返してしまう。

 

「いや、別にお主の考えも分からない訳ではない、というよりも普通に、もとい平和に生きるだけならば

その方が正しいとも言えるじゃろうが、お主らは冒険者なのじゃろう? ならば時には一定の危険を冒す必要がある事は否めない以上、少なくとも九分九厘は落とさないであろうという信用に基づいたタチバナの行動は、寧ろその鑑と言えるものじゃろう」


 が、その無礼な言動にも例によって気にする素振りも見せずに再度口を開いたシラユキは、自らが否定した弟子の言葉にも一定の、どころか最上級とも言える理解を示すと、アイシス達の「冒険者」という立場を改めて示した上で、それを理由としてタチバナの行動を擁護する。


「尤も、こう申した所で『今は平和そのものじゃないですか』と思うだけかもしれぬが、当人にとっては先の状況は冒険と等しい、つまり『危険を冒す』に値する状況だった、という事じゃろう」


 とはいえ、その言葉には容易に反論をする余地があったのだが、当然ながらそれは自身でも承知していたらしく、シラユキはアイシスの返答を待つ事も無く再度口を開くと、無駄に完成度の高い弟子の物まねを織り交ぜつつ、先のタチバナの思考をまるで見て来たかの様にそう解説するのであった。

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