第368部分
いや、感情で行動を選ばないのではなかったのか、という話ではあるのだが無論それはその通りであり、あくまでタチバナは今後の調理の方針と現在の状況を比較した結果、炊飯に関しては多少の短縮をしても問題が無いと判断したのである。
尤も、状況に特に何の問題も無いのであれば当然ながらその様な、つまり短縮を図るという判断をする必要も無い為、その判断に到ったのには相応の外部要因が存在する事もまた当然の話ではあり、アイシスとシラユキを待たせている……というだけならば最初からそうなのだが、二人の会話が途切れた、つまりその待機時間が両者にとって退屈なものになってしまった事により、可能な限りその短縮を図るべきだと考えたのであった。
いやいや、それはつまり「出来るだけ待たせたくない」という感情による判断なのではないか、という話ではあるのだが、まあ実際にその要因にその要素が含まれているかは兎も角、少なくとも当人の意識上ではそうではなく、あくまでもいつもの様に従者としての至極合理的な判断を下したまでの事だった。
まあ、その当人の主張を全て認めたとしても、白米を今日初めて調理している人間が勝手な判断でそんな事をして良いのか、という話になるのだが、これまでの経験の蓄積と、この旅の間に実際に料理をアイシスへと振る舞った際の反応により、恐らくは問題は無いという自らの判断にそれなりの自信を持ったタチバナは、先述の待たせる時間は短い方が良いという判断とも合わせ、珍しく薄い根拠ながらも冒険とも言える行動を実行に移すに到ったのであった。
とはいえ、当然ながらその様な判断、及びそこに到るまでの考えをタチバナが口に出したりはしていなかった為、それを知る機会は精々がその行動に伴う音のみであった筈なのだが、それがその判断、つまり調理の工程を早めた事のみに対してのものか、或いはそれに伴う思考を含めてのものかは不明なものの、ふと食卓の席に着いて以来は何を口にするでもなかったシラユキの表情が僅かに緩む。
「……どうかしましたか?」
一方、その沈黙に緊張していたという事もあるが、そもそも「何もせずにただ待機する」という事が苦手であるという事もあり、対照的に落ち着かずに視線を泳がせていたアイシスは偶然その様子を目撃するも、それに触れて良いものかという事で暫しの間は沈黙を保っていたが、当然ながら此方は一連のタチバナの思考にも判断にも一切気付いてはいないという事もあり、結局はその好奇心とその要因が自身にあるのかもしれないという不安、そしてそもそもの沈黙に耐えかねて結局はそうシラユキに尋ねる。
「いや、やはり人間を観察するのは面白い、と思うての」
すると、それを受けたシラユキはそれまでは僅かだった表情の変化を大袈裟な程に大きくさせ、つまりはまた例によって人の悪そうな笑みを浮かべるが、その割にはとでも言おうか、普段通りの、或いはそれよりも大人しい口調で弟子からの質問にそう不足の無い答えを返す。
「え!? 私、そんな面白いと思われる様な事をしてましたか?」
しかし、それはその質問に対する答えとしては十分なものではあったものの、そもそもの質問からして何を問うているかが甚だに曖昧なものだった事もあり、結果として曖昧なものとなったその回答を状況からして自身に対する話だと受け取ったアイシスはひどく驚いた事をたった一文字で表現すると、自身ではそのつもりは一切無かった事もあり堪らずそう訊き返す。
「うむ。現在進行形でも存分に、の」
が、当然ながらそれは否定の答えを期待しての質問であったにもかかわらず、それを受けたシラユキは即答でそう満足げに頷くと、眼前で慌てふためく弟子の顔をまじまじと見つめながら、今度は明らかに揶揄う様な口調でそう答える。
それを聞いたアイシスは既に少し赤らんでいた顔を更に一気に染め上げると、同時にひどく驚いた様な、或いはショックを受けた様な表情を浮かべるが、それ故に言葉を紡ぐ様な余裕は無くなってしまったのか、驚きにより少し身体が動いた際の中途半端な体勢のまま、何を口にするでもなく固まってしまうのであった。
一方、それを見たシラユキが更ににやにやとした笑みを見せた事も含め、その問答の部分以外の状況を知る由も無いタチバナとしては、その途中で黙り込んでしまった主はどうしたのかという事も含めて食卓の方の状況への興味は尽きる筈も無かったが、当然ながら覗きに行くなどという事は出来る筈も無い以上は音声以外にはそれを知る術も無い、という事を措いても、今度ばかりはそちらへと意識を割いている様な状況ではなかった。
いや、厳密に言えばそれが出来ないという訳でもないのだが、今朝の失態を含む種々の理由により今回ばかりは料理を失敗する訳にはいかない以上、たとえ当人のナイフの腕ならば目を瞑っていても出来る様な食材を切るという工程に於いてでも、とてもその作業への集中の度合いを下げる様な真似をする気にはならなかったのであった。




