第367部分
とはいえ、その不満を、もとい白米を調理するのは初めてという事もあり何となく感じられる不安混じりの感情を表明する事はやはり例によって叶わない為、その期待や信頼を裏切らない為には料理を成功させるしかないと考えたタチバナは改めて自らの記憶の中の調理法を確かめつつも、その状態の変化を見逃さない様にと瞬きの回数を抑えた鍋への視線を外す事は無かった。
「ところで、話が一段落したという事で一つ良いかの?」
しかし、そうしてタチバナが再度、最早何度目なのかと自らでも思いながらも調理へと意識を集中させたのも束の間、無論それを狙っての事ではないのだろうが、再度訪れた静寂を破りふと口を開いたシラユキがそう切り出す。
しかも、単に何かしらの話をするだけならば兎も角、それは如何にも続きが気になる様な言い方であった為、またしても自然とタチバナの意識はそちらへと引っ張られるが、流石に幾度も繰り返して来た結果慣れて来たのか、今度はそちらにある程度の意識は割きながらも調理への集中が途切れる事は無かった。
「え? あ、はい。どうぞ」
一方、その発言は目の前で聞かされた側にとっても意外なものだったのか、或いは単に再度訪れた静寂にぼうっとしていただけか、それを聞いたアイシスは一度は目を丸くしてそう聞き返すが、それでも無意識的にはその内容を理解していた様で、次の言葉には全く予想が付かないながらも直ぐにその申し出には了承の意を示す。
「では言うが、何故わざわざ立ち話をしておるのかという話であるし、いい加減に食卓にでも移動せんか?」
すると、許可を得たシラユキはそう切り出した後、本題である話を極めていつも通りの、つまり特別にそれを咎める気を一切感じさせない口調で淡々と告げるが、それが意識してのものであるかは不明なもののもしそうであればその甲斐も無く、そのあまりに尤もな話を聞いたアイシスの表情は急速に、そして一般的には良くない方向へと変化していた。
「あ、はい! ごめんなさい! 私が邪魔で通れなかった――」
「いや、別に少し回り込めば通れた訳じゃし、今まで口にしなかったという事はその状況に納得しておったという事なのじゃからそう気にするな。というよりも、別にそうして脇に退かずとも、お主も移動すれば良い話じゃろう」
そして、最終的には泣き出しそうな顔を真っ赤に染めたアイシスは慌てた様子で先ずはそう返事をすると、そう謝罪をしながらシラユキの通り道を空けようとその身を脇に退ける。
が、その様子を見たシラユキはその発言に割り込み、今度は呆れた様子を隠さない口調ではあるもののそう優しげにアイシスを諭すと、続けてそう、ある意味ではその話以上に尤もな指摘を口にする。
「あ、はい。その通りですね……」
と、その指摘の尤もさと、それを「それよりも」に続けて口にした事が、つまりは当人が意図したかは兎も角、自身が通り道を塞いでしまっていた為に立ち話を強要されていた事よりも、自身の非効率な動きの方がシラユキにとっては余程気になるという事実が効いたのか、早くも気を取り直したアイシスは先程よりも落ち着いた声でそう答えると、頭を掻きながら食卓の方へと移動する。
すると、そのあまりの変わり身の早さというか、感情の変わり様に呆れたのかそれを誰よりも間近で見ていたシラユキは一度深く息を吐くが、その様子にも何か評価する所があったのか、或いは単にそれを可笑しく思ったのか微かにその表情を緩ませると、何を口にするでもなくアイシスの後を追って歩き出すのであった。
しかし、そうしてアイシス達が再度短いながらも話を一段落させ、曲がりなりにも食卓に移動する事で昼食への準備を整えたのとは対照的に、その昼食の用意を任されたタチバナの現在の精神状態は決して穏やかとは言えなかった。
尤も、無論その様な状況にもかかわらず自身が働いている事に不平を感じたという訳ではなく、単にその一連のアイシス達の遣り取りに感じた可笑しさを、例によって表には出さない様にと努める事に一定の精神力を消耗しただけなのだが、いよいよアイシス達の準備が整ったにもかかわらず、未だに状況が大して変わらない調理の状況に対し、一定の焦燥感を覚え始めた事も事実だった。
とはいえ、無論その様な一時の感情により自らの行動を選ぶ様なタチバナではなかったが、暫しそこから発する音に耳を傾けた後にふと米を炊いている鍋の蓋を開いて中の様子を確かめると、記憶している調理法では未だその時が訪れてはいないにもかかわらず、調理を次の工程に進める為の準備を始めるのであった。




