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第366部分

 しかし、それは自らの従者への純粋な信頼を表す言葉であり、かつタチバナ本人も実質的には短い付き合いながらもその事を十分に理解してはいたのだが、当然ながらそこに喜びを、或いは誇りを感じない事は無かったものの、それでもその胸中には「もう勘弁してくれ」という様な思いも湧いて来ていた事は否めなかった。


 というのも、無論単純にその過剰な程の信頼自体が「そこまで言われたら失敗は出来ない」という重圧を高めた事もその要因ではあるものの、これまでの経験を踏まえればアイシス本人には自らの料理に満足して貰える可能性はある程度高いとは予想は出来るのだが、その様な言葉をシラユキに対して口にされてしまえば、ただでさえ千年にも及ぶ経験の分だけ舌が肥えているであろうシラユキを満足させる為の障壁は更に高くなる事は予想に難くはなかったのである。


 とはいえ、彼我の立場云々や当人の性格を抜きにするとしても、その様な思いを表明する事は則ち他者の話を盗み聞きしていた事を自白するに等しい為、自身に出来る事は精々その信頼を裏切らない様に調理を成功させる事だけである、と考えたタチバナは今度こそはと自身の意識を聴覚よりも視覚の方へと意図的に集中させると、食材や火の変化を見逃すまいと更に視線を鋭くするのであった。


「……うむ。昨夜の様子を見るにお主の舌は確かな様じゃからの。お主がそこまで言うのであれば儂の期待も否が応でも高まるというものじゃな」


 その事を知ってか知らずか、いや屋外での出来事ならば兎も角、特にその様子を見聞きしている生物も居ないという状況では流石に知る由も無い筈なのだが、その高過ぎる洞察力によりその様子を概ね想像出来ていたのか、丁度そのタイミングでにやりと笑みを浮かべたシラユキはそれはそれとしてアイシスの言葉に満足げに頷くと、昨夜の、つまり夕食時のアイシスの様子からその味覚をそう高く評価した上で、それを理由に自らのタチバナの料理への期待も表明する。


 尤も、確かにその時のアイシスはシラユキが用意した食事の味に過剰な程の反応を示していたものの、それは単に両者の味覚が合っているとか、偶々その食事が好みに合っていただけである等の可能性も十分にある筈であったが、言葉には出さなかったもののそれ以外の、則ち今朝の食事やそれ以前にも例の魔法で目にしていた様子等も考慮したのか、或いは千年分の経験は伊達ではないという自らの味覚や洞察に対する自負故か、その発言は自らの意見をというよりはただ事実を述べているかの様だった。


「はい。いや、本当に私の舌が確かだかは分かりませんけど、タチバナの料理に関しては期待して大丈夫だと思います!」


 そして、そのあまりに当然の事の様に口にされた言葉に釣られたのか、それを聞いたアイシスも即座にそう肯定の答えを返してしまうものの、直ぐにそれでは自身の味覚の確かさを自負する事になってしまう事に気付くと慌ててそれを否定……するのはそれはそれでシラユキの言葉を否定する事になってしまうという事でそう濁すが、それでもタチバナの料理に関しては期待しても良いと太鼓判を押す。


「うむ。では精々楽しみにして置くとしよう」


 いや、自身の味覚が確かであると断言出来ないのであれば、それにより判断されたタチバナの料理への評価もまた断言は避けるべきだろうという話なのだが、無責任と言えばそうではあるものの、それが少女の、もとい現在のアイシスの性格だという事は分かっているのか、やはりシラユキもその辺りについては特に指摘する事も無く、例によって満足げに頷いた後にそうとだけ呟くと、またその場には一時的に静寂が訪れるのであった。


 しかし、そうして一先ずは一連の会話にも区切りが付き、両者共に昼食を楽しみに待つ、という何とも平和な結末を迎えた訳だが、そこからそう遠くない場所にはまたしてもその大団円には参加出来そうにない者も居た。


 いや、それがタチバナである事は最早語るまでもないとしても、今度こそ聞き耳を立てるのは止めたのではなかったのか、という話ではあるのだが、当人がどう意識しようともこの空間には他に大きな音を立てる物がある訳でもなく、かつ当人の聴覚が急に衰える訳でもない以上、どうしてもその音自体はその耳には届いてしまい、かつその中に気になる内容が含まれてしまえば、自然と意識が向いてしまうのは最早当人の意思でどうにかなる様な事ではなかった。


 尤も、戦闘中等のそんな事を気にしている場合ではない状況であれば、先述の通りにその様な自然な反応と思考を完全に分離出来るという訳ではないものの、その強靭な精神力があればその興味を一時的に脇に退けておく位は可能ではあるのだが、例えば実際に鍋を振っている最中等の一定の集中が必要な時ならば兎も角、現状の単に火を見守る程度しかする事の無い殆ど待機しているだけの時間では、いくらそちらに集中しようとしていたとしても、その様な人間としての自然な反応を封じるまでには至らなかったのであった。

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