第365部分
「……ええと、ありがとうございます。良く理解出来ました」
一方、その勢いに圧倒されていたアイシスも、程無くしてその発言の内容を理解した結果似た様な感情を抱くには至っていたが、此方は当人の眼前に身を置いているという事もあり、流石に師を笑う様な事はしないようにと努めて真顔を保ちながら自身の質問への回答に対する礼を述べる。
「ほう? ならば儂の話を要約してみせよ。『良く理解出来』たならば容易な事じゃろう?」
が、例によってそれを隠す事が得意ではない事もありその感情は筒抜けであったのか、或いはタチバナがそう読み取った様に先の発言の中で同族へと向けられた感情の影響か、はたまた単に弟子への指導の一環としてその言語能力を試すというだけなのか、それを聞いたシラユキは直ぐに感心した様にそう聞き返すと、当人の言葉を引用して逃げ道を塞ぎつつアイシスに対し自身の話を要約する様に指示する。
「え? あ、はい。少々お待ち下さい」
その予想外の反応に、アイシスは困惑を隠せずにそう聞き返すも、仮にも師からの指示であるという事で直ぐにそれを了承するが、理解しているという事とそれを要約して言葉にする事はまた別という事か、シラユキの言葉程には容易な事ではなかったらしくそう断りを入れると、会話相手から視線を外して何やら考え始める。
が、それだけならば「理解しているかと要約出来るかは異なる」だとか、仮にも師の話を当人に対して要約するという事でそのディテールを整える為である、等の理由をあてがえば納得は出来るものの、そのまま暫しの時が経過しても、そう言い残したアイシスはその姿勢のまま動く事も口を開く事も無かった。
しかし、仮にも師の云々、と言うならばその師との会話の最中にそれだけの沈黙を挟むのはどうなのか……という事は措いておくとしても、それこそ相手の話を「良く理解出来た」にしては妙に時間が掛かっている事は確かではあったが、だからこそその思考を邪魔する事は憚られたのか、或いはそもそも相手の思考を急かす様な真似をする主義ではないのか、それを待つシラユキも同じく特に口を開く事も無くただアイシスの思考が整うのを待っていた。
「……ええと、つまり何かを食べるなら折角だから美味しく食べた方が良い、という事ですよね?」
その配慮のお陰か、程無くして思考を終えたアイシスは遠慮気味に口を開くと、シラユキが600字近く掛けて話した内容を僅かその二十分の一以下程にそう纏めるが、その要約に確固たる自信がある程ではないというか、自身の意見や感想を述べるならば兎も角、相手の言葉を要約するという時点でその意図を断定を出来る様な性格ではない為に、その後には直ぐに当人に対してそう確認の質問を付け足す。
尤も、そこに確固たる自信を持つ様な性格ではないとはいえ、当人に対し「という事ですよね?」などと尋ねるという事は、実質的にはその要約が正しいと確信している、と言っている様なものなのだが、当然ながら当人にはその様な不遜とも取れる意図は無く、ただ純粋に当人に対して確認を求めただけだった。
「……うむ。まあ、先述の通りあくまで儂の個人的な考えには過ぎぬのじゃが、やはり人の生に於いて幸福を求めるならば食の喜びは切り離せぬものじゃからの。掛ける手間に見合う範囲であれば、ではあるが食事の味には拘った方が良い事は確かじゃろう」
とはいえ、つまり相手から見れば不遜な言動にも見えない事はないという事であり、かつ時間を掛けただけあってその要約自体は正しいものであるとしても、それがシラユキの話の一部を完全に省いている事は明白ではあったのだが、その思い切った要約振りに多少は思う所でもあったのか若干の間を置きこそしたものの、意外にもそれを聞いたシラユキは満足げに頷くと、それが私見である旨を改めて強調しつつも、同じく改めて食の喜びの大切さを説く。
しかし、恐らくはアイシスがそれに素直に納得する事で話は大団円を迎える事になるだろう、とは思われるものの、その大団円には参加する事が出来ないというか、その一連の話に対して気軽に納得が出来る者ばかりではなかった。
いや、だからと言って無論その者には、つまりタチバナにはその内容に反対する気があるという訳ではないのだが、立場上、より厳密には自分達の役割分担上、その「食の喜び」をアイシスにも提供しなければならない身として少なからず重圧を感じずにいられなかったタチバナとしては、「そう気軽に仰られても困る」という様な思いを抱いていた事は否めなかったのである。
「それについては私も心底同意しますけど、私の場合は何の心配も要りませんね。何せタチバナが担当してくれてますから」
とはいえ、無論そんな事は知る由も無いアイシスはそのシラユキの言葉に先ずは実感を込めて同意を示した後、微笑みながらその点については心配が不要である旨を宣言すると、その理由について自慢げにそう続けるのであった。




