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第62部分

 タチバナが考え事の処理をしている時、少女は見慣れない場所に居た。周囲には一切の物が無く、それどころか自らが立つ地面すら存在しない。そんな一切が白である空間に少女は立っており、目の前には踵に着く程に長い髪をした見覚えの無い女性が背中を向けて立っていた。


「漸く……こうしてゆっくりとお話が出来ますね」


 そう言いながら女性が少女の方へ振り返る。その女性は同性の少女でも見惚れてしまう程に美しく、少女が一目で安心してしまう程に穏やかな表情を浮かべていたが、やはりアイシスはその姿に見覚えは無かった。


「あの……漸くって言ってましたけど、何処かでお会いしましたか? それに、此処は……」


 少女がおずおずと尋ねる。自身の声に少女は僅かに違和感を覚えたが、不思議な空間に見慣れぬ人物という状況ではそれは些細な事に過ぎなかった。


「……後の質問からお答えしますね。此処は貴方の夢の中……いえ、意識の中と言った方が正しいかもしれません」


 夢の中。その言葉だけで少女は現状の殆どについては納得する事が出来た。夢にしては妙に思考がはっきりとしているとは思ったが、それも些細な事だった。しかし夢というものは記憶の整理だと少女は何処かで聞いた事があったが、やはり目の前の美しい女性に見覚えは一切無かった。


「……状況は大体分かりましたが、その、失礼なのですが、やっぱり貴方に見覚えが無くて……すみません」


 少女が申し訳なさそうに頭を下げながらそう言うと、女性がくすくすと笑ってから口を開く。


「……笑ってしまってごめんなさい。以前見た時と随分様子が違ったから、つい。……それで先の質問についてですが、見覚えが無いのは当然ですよ。こうしてお会いするのは初めてなのですから。ですが、この声には聞き覚えがありませんか?」


 女性の言葉を不思議に思いながら聞いていた少女だったが、最後の一言を聞くと直ぐに答えに思い当たる。


「あ、ついさっきの、詠唱を教えてくれた……」


 しかしそれは思い出せたものの、女性の正体も最初の言葉の意味も少女にとっては未だ不明のままであった。


「ふふっ、正解です。ですがその前にも聞いた事がある筈ですよ。覚えていませんか?」


 その言葉を聞いた事で少女の記憶が繋がり、少女は自身の疑問の答えを導き出す。


「ああ! あの、時計を見付けた時の声!? でも、あの声は時計自身のものだと思っていたのですけど……」


 自身の過去の直感が外れていたと思った少女がやや恥ずかしそうにそう言うと、女性が再びくすくすと笑う。自身の失敗を笑われたかの様にも思えるタイミングであったが、少女はその笑いから嫌な感じは受けなかった。


「いえ、その通りですよ。私は貴方が見付けてくれた懐中時計そのものです。この姿は貴方……の意識が私の声から想像した姿……なのですが、こんなに綺麗に想像してくれると少し嬉しいですね。まあ、その声も貴方の意識が作り出したものなのですが。時計が話せる訳がありませんからね」


 でも、今こうして話せているのでは? 女性が話す毎に疑問が解消し、そして新たな疑問が浮かんできている少女であったが、それよりも伝えたい事があった。


「あの、先程はありがとうございました! 貴方が力を貸してくれなかったら私達は……」


 少女が大声で礼を言うと女性は少しきょとんとした表情をしていたが、少女の言葉を途中で制すると口を開く。


「いえ、礼を言うのは私の方です。貴方が私を見付けてくれて、貴方が私を使ってくれたのです。時計は道具であり、道具は使われる為に存在するものでしょう? 幾星霜の間その本懐を遂げられずにいた私を、貴方が救ってくれたのです。本当にありがとうございます」


 そう言って女性が深々と頭を下げる。言っている事は分からないでもない少女であったが、自分達の命の恩人が自分に頭を下げているという状況は非常に心苦しかった。


「そんな、頭を上げて下さい! それに、私達が貴方に救われたのは事実ですから、こちらこそありがとうございました。あと、時計は確かに道具かもしれませんが、意思を持ってお話が出来る相手を私は道具だなんて思えません」


 少女がそれまでよりも饒舌にそう話すと、顔を上げた女性はやはりくすくすと笑った後に口を開く。


「……貴方は変わった人ですね。ですが、先程も言った通り時計が話せる訳が無いでしょう? 私に出来るのは微弱な魔力を飛ばす事だけです。こうしてお話をしている様に見えるのも全ては貴方の意識が生み出した一人芝居、かもしれませんよ」


 女性がそう言うが、それを真っ直ぐ見据える少女の瞳は当初のそれとは異なりしっかりとした意志を湛えていた。


「そうだとしても、私にとっては同じ事よ。でも、何故私にだけ声が聞こえたのかしら?」


 少女が力強く自身の意思を伝えた後に女性に問い掛けるが、女性は首を横に振る。


「……分かりません。先程も言った通り、私に出来るのは微弱な魔力を飛ばす事だけです。長い……そう、気が遠くなる程に長い間、私はそうして来ましたが、その魔力……声が届いたのは貴方が初めてでした。どういう条件でそれが届くのは私にも分からないのです。……ちなみに、先程も実際に貴方が気付くよりもっと前からお声掛けはしていたのですけれど」


 そこまで話した女性がまたもくすくすと笑う。笑い事でもないと少女は思ったが、タチバナが一切そうしない(と少女は思っている)のもあり、その笑顔につられて思わず微笑んでしまう。そしていつかはタチバナの笑顔も見てみたいと思うのだった。


「……そうだったのね。兎に角、貴方のお陰で助かったわ。改めてお礼……を……」


 その言葉の途中、少女の意識が徐々に混濁し、まるで夢を見ている時の様に遠くなっていく。


「私の方こそ、改めてお礼を言わせて下さい。私を見付けて、そして使ってくれて……こんなに楽しい時間まで過ごさせてくれて……本当にありがとうございます。疲れているのに長々と意識を使わせてしまってごめんなさいね。それではお休みなさい、良い夢を」


 薄れゆく意識の中で女性が話し終えると、少女の意識は完全に闇に溶けていった。

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