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第199部分

 それ程までにアイシスの目を奪っていたその物体は、タチバナの言葉が示す通り昼食の材料となるべく捕らえられた……より厳密に言えば仕留められた生物であった。とはいえ、少女とて食物連鎖の理はこの旅にて既に体験してきており、その事に心を痛めたりしたという訳ではなかった。にもかかわらずその死体、もとい食材へとアイシスの意識が釘付けになっていた理由、それはあまりに特徴的なその外見によるものだった。


「……それはわざわざご苦労様だったわね。でもそれ、どう見ても魔物よね? 本当に食べられるのかしら?」


 それを目にした瞬間からアイシスの意識はその物体へと向けられていたが、それがより強まったのはタチバナの言葉の序盤の部分、つまりは食事の材料を捕りに行っていた旨が話された時であった。それを耳にした瞬間、それが本当に食べられるのかという思いが一気に噴出した為に、アイシスの意識はその物体へと釘付けになってしまったのであった。


 それ故に、アイシスはそのタチバナの仕事を労う事は出来たものの、その後の話は殆ど頭には入っておらず、再び自身の頭を埋めている考えをそのまま口にする事が精一杯であった。尤も、アイシスがそうなってしまうのも無理はなく、タチバナが持つそれが食事の材料に向いている様には見えない事は、恐らく誰の目にも確かな事だった。


 それは、一見して鳥の様な形の生物である事は分かるものの、全体的に何というか禍々しい造形をしている様にアイシスには思われた。ナイフが刺さっているその頭部の嘴の鋭さや、生態上に意味があるのかが不明な謎の角、そしてタチバナが掴んでいる脚部の先にある巨大な鉤爪……。その他にも通常の鳥類には見られない細かな特徴が、それに然程詳しい訳でもないアイシスでもそうと分かる程に存在していたが、それらを認識するよりも以前には、アイシスの意識は既にその物体に釘付けとなっていた。


 一瞬にしてそれ程までにアイシスの意識を引き付けた理由、つまりアイシスがそれを一目で食べ物には向かないと考えた理由は、その物体、もとい魔物の体色にあった。それは紫を基調とした妙に毒々しい色味をしており、その他の禍々しい外見上の特徴も相まって、アイシスは一瞬でそれが魔物だと判断すると共に、それは食材には向かないのではないかという疑念を抱いたのであった。


「……確かに、外見は通常の鳥類とは少々異なっておりますので、お嬢様がその様にお考えになる事も無理はないかと存じます。ですが、冒険に於いて仕留めた魔物の肉を食す事はそう珍しい事ではございませんし、この魔物の身体的な特徴を見る限りは、特に毒などを持っているという可能性は低いかと思われます。無論、お嬢様がこれを食す事をお望みにならないのであれば、私も強いて食用にするとは申しませんが」


 アイシスの発言から少々の間を置いてから、タチバナが自身の考えを口にする。その口調は至って普段通りのものであり、その内容からもタチバナはアイシスとは異なり、その魔物の肉を食す事に何ら抵抗は無い様であった。アイシスの精神も普段通りであったのならば、この時点でタチバナの見解に従う所であっただろうが、今度ばかりはそうもいかない様だった。


「……成程ね。貴方の言いたい事は良く分かったけど、もう少し詳しく聞かせて欲しいわね。その魔物の身体的特徴から、何故毒が無いだろうと言えるのかしら? その毒々しい色から想像すると、寧ろ毒を持っていそうだと思えるのだけれど」


 タチバナに対して基本的には絶対の信頼を置いているアイシスであったが、珍しくその発言に更に食い下がる。尤も、その絶対的な信頼により、この時点でアイシスには既にそれを食す事に対する異論は殆ど残ってはいなかった。だが、それでもより詳細な根拠を尋ねずにはいられない程度には、アイシスはその魔物の外見から強烈な衝撃を受けていたのであった。


「かしこまりました。確かにこの魔物の外見は少々毒々しいものになってはおりますが、それは魔物という存在に於いてはままある事なのです。無論、その外見通りに毒を持つ者も中にはおりますが、この魔物に関しては、そうでないと考えられる根拠がいくつか存在しますので、順を追って説明致します」


 そのアイシスの要請を受け、タチバナは直ぐにその説明を始める。その淡々とした、だが少しだけ饒舌である様に思える言葉を耳にした時、アイシスは奇妙な嬉しさを感じていた。もしかしたら、私はこの声を聴きたくて説明を求めただけなのかもしれない。それは、ふとその様な考えが浮かぶ程の喜びではあったが、タチバナがその手に持つ物体にアイシスの目が行くと、その考えは一瞬にして霧散してしまうのだった。


「一つには、一目見て頂ければ分かる様に、この魔物は飛行する生物だという事です。それは捕食される危険性が少ないという事であり、その身に毒を持つ必要性は無いに等しいという事を意味しています。無論、小鳥の様に身体が小さければその限りではございませんが、この魔物がそうではない事は既にお分かりでしょう」


 とはいえ、タチバナが説明を進める毎に、アイシスがそれを食す事への抵抗は少なくなっていった。そして、それと反比例するかの様に、タチバナのその口調の変化から感じる喜びが増加していく事を感じながら、アイシスはその話に耳を傾けるのであった。

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