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第19部分

 いざ鍛冶屋へ、と再び歩き出した時だった。聞きなれない高音が断続的に鳴っている事にアイシスが気付く。昔テレビで見た高校野球で金属バットとボールが当たる時の音に近いかな。そうアイシスが感じる音が鍛冶屋の内部から漏れて来ていた。それはアイシスにとって紛れもなく初めて聴く音であったが、何の音なのかは簡単に予想する事が出来た。今、丁度何かを作っているんだ……。そう思いながらアイシスが開放されているやや広めの入口をくぐる。


 作業途中の所に入るという事で少し恐縮したアイシスが店に入った瞬間、金属の衝突音が鳴り響く。同じ空間に入った事で一際大きく聞こえたその音にアイシスは少し驚いたが、それが不快な音だとは感じなかった。


「お、いらっしゃい。こんな所に若い娘が二人で来るとは珍しいね。まっ、ゆっくりしていきな」


 小柄な人だな。一目見たアイシスが最初にそう感じたゴーグルを掛けた女性が、店を入って直ぐ右側にあるカウンターの向こうから声を掛ける。そちらは工房になっており、女性の前には鉄床と赤く光る何かが置かれていた。女性の右手には金槌が握られており、やはりこの女性が今まさに何かの作業をしていたのはアイシスにとっても明白だった。


「お邪魔してしまったかしら。都合が悪いならまた――」


「ああ、これかい? 別に大丈夫だから気にしないでおくれ」


 金槌を床に置きゴーグルを額にずらした鍛冶屋の女性が、アイシスが気を遣った言葉を言い終える前にそれを否定する。それを見たアイシスはやはりこの世界では店の人も敬語を使わないのだなあと思いつつ、自身が女性に抱いた第一印象は間違っていたと感じていた。確かに女性の身長は自分よりも低いがその身体は中々に筋肉質であり、ゴーグルを掴む為に曲げられた腕には見事な力こぶが出来ていた。


「それで、アンタ達は何の用だい? 鍋とかの調理器具から全身を覆う鎧兜まで、このアタシに作れない物はないよ!」


 鍛冶屋の女性のその啖呵を聞きながらアイシスは、やはりこの世界、少なくともこの街では商売するには威勢が命なのだなあと感じた。雑貨屋での言葉はその場の出まかせだったのだが、どうも間違った見立てでは無かった様だと安心する。そして余計な思考が終わった事でアイシスの意識が自然と意識が女性へと向かう。


「ええ、此処には武具を見に来たの」


 女性の問いに答えながらアイシスは無意識に女性を観察していた。女性の真っ赤な髪は右側にまとめて結ばれており、その瞳も赤みがかっていた。顔立ちは整っていて歳は20代後半位だろうか。左耳にはピアスらしき輪が三つ付けられており、茶色の前掛けをしているのが印象的だった。


「へえ、珍しいね。アンタらみたいな若い娘がさ」


 小説等では良く男女が平等に冒険等をしていたけど、この世界では女性が武具を見るのは珍しい事らしい。でも勇者のパーティーには女性が二人いなかったっけ……。そんな事を考えた後、アイシスには一つの事が気になった。


「でも、女性で鍛冶屋というのも珍しい気がするけれど」


 つい深く考えずに思った事をそのまま口にしてしまったアイシスが相手にも何か事情があるのかもしれないのに、と自身を責める。しかし鍛冶屋の女性は特に気にする風でもなく、にかっと笑ってこう言った。


「ああ、アタシはドワーフだからさ。ドワーフなら女が鍛冶屋をやっててもおかしくはないだろう?」


 ドワーフ。その名前にはアイシスも聞き覚え、もとい見覚えがあった。ファンタジーものの物語でしばしば出て来る種族だ。背が人間より少し小さくて、鍛冶が得意……目の前の女性の特徴とは確かに合致していた。だが実物はイメージよりもずっと美人であり、言われなければ気付かなかっただろう。とアイシスは思った。


「ああ、そうだったのね。それならば納得だわ」


 本で読んだだけの知識からの返答ではあったが、この場面では違和感の無い物となっていた。この世界に来てから何度かこの様に読書で得た知識が役に立っており、アイシスは自分の趣味がそれで良かったとしみじみ思うのだった。


「お嬢様、その方の技術は確かなものです。是非此処で武具を購入する事に致しましょう」


 いつの間にかアイシスの後ろから移動していたタチバナがすっとアイシスに近付き、此処での武具の購入を勧める。突然の事にアイシスが少し驚いて身体をびくっとさせる。そういえば一切話していなかったなあ、と思いながらアイシスが答えを返そうとした時、鍛冶屋の女性が先に口を開く。


「へえ、どうしてそう思ったんだい?」


 自身が尋ねたかった事を先に訊いてくれた事でアイシスは言葉を飲み込む。この短時間で何故そう判断したのか。その答えはアイシスも是非知りたかった。


「お二人がお話をされている間、店内を少々拝見させて頂いておりました。壁に飾られている武具の数々から廉価で売られている品々までを拝見しましたが、何れも材質選びから研ぎ等の仕上げに到るまで確かな技術で製作されているのが見て取れました。更に保存状態も良好であり、武具の製造のみならず管理にも精通している事が窺えます」


 タチバナがいつもの様に淡々と答えるが、その様子がアイシスには何故か少しだけ饒舌に話している様に見えたのだった。

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