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第189部分

 その言葉を合図にしてアイシスが森林の方へと歩き出すと、いつもの様に一瞬遅れてタチバナが動き出し、すっとその右側に肩を並べる。だが、そうしてから殆ど間も無いうちに、ふとアイシスはその足を止めてしまう。

 

 やはり普段より早く目覚めてしまった影響が出ており、体調面、或いは精神面に何か問題でも発生してしまったのだろうか。その様にアイシスを案じたタチバナは、続けて足を止めるとそちらへと目を向けるが、目に映ったアイシスの様子からそれが杞憂である事を理解する。


「わぁ……」


 アイシスは眼前の森林、より厳密にはそれを構成する樹々を見つめながら、そう小さく感嘆の声を漏らす。昨日はそれを越えた事への喜びに夢中になり、また今朝はタチバナとの様々な遣り取りに集中していた為、アイシスは未だその森林をまじまじと見た事が無かった。ただ漠然と、何やら広大な緑色がそこに広がっている。つい先程までは、それが眼前の森林に対するアイシスの認識だった。


 だが、こうして改めてそれへと目を向けた時、アイシスはそのあまりの広大さに圧倒されてしまった。そして更にそれを詳細に知覚すると、それを構成する樹々そのものが、これまでに点在していたそれらと比較にならない程に巨大な事に気付き、そのスケールの大きさに思わず足を止めて感嘆の声を上げるに到ったのであった。


「見てみて、タチバナ。すっごく大きい樹が沢山生えているわ! こんなに大きく育つまでには、さぞかし長い年月が掛かった事でしょう。これからそんな長い歴史を持つ森に足を踏み入れるなんて、何だかわくわくして来るわね!」


 その感動を抑え切れず、アイシスは高いテンションで矢継ぎ早にタチバナに語り掛けるが、タチバナは直ぐにそれに応える事が出来なかった。いや、樹々が巨大である事はずっと前から既知の事であるし、それが育つのに何年の時が掛かろうとも私には特に関係が無い事である。その様に考えてしまうタチバナには、アイシスがそれ程に興奮している気持ちを理解する事は難しかった。


 だが、以前のタチバナならば兎も角、今のタチバナはそれを理解出来ないで済ませたくはなかった。そもそも「わくわくする」などという感覚自体が、タチバナにとっては馴染みが薄いものであったが、それでもアイシスの言う事を簡単に否定する様な事も、逆に表面上でのみ同意する様な事も、今のタチバナはしたくはなかった。


「……そうですね。私も、他の場所ではこれ程に巨大な樹々を目にした事はありませんので、新鮮な体験が出来る事に多少の期待を感じてはおります。ですが、その巨大な樹々によって構成される広大な森林であるが故の、固有の獣や魔物等が存在する可能性がございますので、くれぐれも気を緩める事の無い様に進んで参りましょう」


 それらの思考を経た為にアイシスの発言から少々の間を空ける事にはなったが、満を持してタチバナが答えを返す。アイシスの言葉を否定したくはないが、主に対しては誠実でありたい。その様な思いにより多少苦慮する事にはなったが、その言葉には一切の虚偽は含まれてはいなかった。尤も、タチバナが口にしたその期待というものは、心の底を浚う様にして漸く見つけ出されたものではあったが。


「ええ、分かっているわ。足を止めてしまって悪かったわね、行きましょう」


 そのタチバナの言葉の後半部分を聴いたアイシスは、感動に水を差されたなどと思う事もなく気を引き締めると、そう言って再び歩き出す。直ぐにタチバナもそれに続くが、やはり眼前の森林そのものに対するアイシスの興味は尽きておらず、それを構成する樹々に目移りしながらの足取りは軽やかとはいかなかった。


 こうして改めて見てみると、どの樹々も巨大ではあるがその種類や形態は単一ではない。更に良く見てみれば、まるでそれらの隙間を埋めるかの様に小さめな木々や蔦の様な植物も生い茂っており、確かに人間が足を踏み入れる事は難しい様に見える。東側もこの様な具合であったのならば、こうして遠回りして北側に回り込んだ事も必要だったと思える。


 眼前の森林を観察を続け、その様な思考を伴っての歩行である為、アイシスの歩く速度は当然ながら遅く、元々の歩行が速いタチバナにとっては、それに歩調を合わせる事に多少の意識を割く必要がある程だった。だが、タチバナがその事を苦にしたり、早く先に進むように促したりする事は無かった。ただ、そのアイシスの思考に邪魔が入らぬ様にと、周囲への警戒を怠らずにその隣を歩いていた。


 そうしてゆっくりとだが足を進めていたアイシスであったが、森林や樹々についての思考が一段落着いた事でその視線を正面へと向けると、そこには不自然な隙間がぽっかりと空いているのが見えた。それは自分達が丁度無理なく通れる程の空間であったが、その周辺を含む森林の周囲全てが、人が足を踏み入れられない程に草木が茂っていた事を考えれば、確かに自然に出来たものだとは思えなかった。その事はアイシスに若干の不安を与えはしたが、それは足を止める理由にはならなかった。

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