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第18部分

「下らない芸で恐縮ですが、この程度の荷物を持つ事が苦では無い事はご承知頂けたかと存じます。如何でしたか?」


 タチバナが謙遜して言うが、アイシスは目の前で起きた出来事を未だ反芻していた。ファンタジー世界だからこその技なのか、タチバナが人間離れしているのか。根拠と言えるのは自身の身体を動かす感覚だけだったが、アイシスは何となく後者であると感じていた。


「お嬢様? やはり詰まらない物を見せてしまいましたか、申し――」


「いえ、凄かったわ。流石はタチバナさんね?」


 呆けていたアイシスだったがタチバナが謝ろうとした時に我に返り、何とかそれを遮って答える。だが咄嗟の事であった為、タチバナの事を素の少女の様に敬称を付けて呼んでしまう。


「お嬢様? 大丈夫ですか? やはり何――」


 それはタチバナにとって余程有り得ない事だったのだろう。タチバナの口調の変化をアイシスは僅かだが初めて感じ取る事が出来た。それによって速やかに訂正すべきだと感じたアイシスはまたもタチバナの言葉を遮る。


「いえ、大丈夫よ。さっきのがあまりに見事……というより予想外だったから少し驚いただけ」


「……それならば良いのですが」


 こうして自身のふとした疑問から生じた事態が沈静化し、アイシスにはしみじみと思う事があった。異世界転生と言えば大体の物語でチートと呼ばれる何だか凄い魔法やら技能やらが手に入るが、自身にとってはタチバナこそがそれに当たるのではないか、と。自身の疑問に悉く答えてくれる知識に様々な技能、そして高い戦闘力を併せ持ち、最初から自身に対する忠誠心を持っており基本的に言う事を聞いてくれる存在。それが最初から仲間であるのは確かにチート染みてはいたが、アイシスは当初の自身の思いを否定する。いえ、たとえどの能力も持っていなくて少しドジなメイドであったとしても、私と共に居ると言ってくれたタチバナは私の大切な仲間よ。そう頭の中で啖呵を切ったアイシスがタチバナの方を見た時、二人の目が合う。反射的に目を逸らしたアイシスと対照的に相手を見続けたタチバナが口を開く。


「……お嬢様、そろそろ次の物資を買いに参りましょう」


 その言葉にやるべき事を思い出したアイシスが頬を微かに熱くしながら答える。


「そうね、次は武具か食料だったわね。それじゃあ行きましょう」


 そうして二人はまた歩き出したが、その目的は定まってはいても目的地は定まっていない。アイシスがこの街の地理を把握している筈がなく、タチバナが主に請われもせずに先導するという事も有り得なかった。だがアイシスはそれで良いと思っていた。これもある意味で既に冒険なのだと。


 アイシスの目に映る人通りは疎らであり、宿屋から出た直後に祭りかと勘違いしたのが嘘の様に感じていた。あの通りは所謂メインストリートで特別なのだろう。そういえば食べ物を売っている屋台が多かったから住民と旅人の区別無く集まっているのかもしれない。そんな事を考えながらややきょろきょろと歩くアイシスの斜め後ろを左手に荷物を抱えたタチバナが主の歩調に合わせて歩いて行く。澄んだ青空の下、穏やかな陽の光が彼女達の頭上から降り注いでいた。


 そうして暫く歩き続けたアイシスの両目に何やら黒い煙が上がっているのが飛び込んでくる。


「火事かしら」


 と呟き少しだけ速足になったアイシスだったが、直ぐにそれが煙突から出ている事が分かり足を緩める。そのまま更に近付いて行くとその建物の前に立てられた看板がアイシスの目に入る。


「ええと、これは金槌……よね。かじはかじでも鍛冶屋さんだった様ね」


 アイシスがそのつもりは無しに駄洒落を口にした時、タチバナが微かに息を吐き、その後小さく咳払いをする。だが目の前のアイシスですら前を向いていた為にそれに気付く事は無かった。


「此処で武具が買えるのよね? それとも武器屋が別にあるのかしら」


 自らの小さな夢が直ぐ後ろで既に叶っていたとは知らぬアイシスがタチバナへと尋ねる。尤も仮にそれを目撃していたとしてもアイシスはそうとは気付かなかったであろうが。


「……はい。武器屋等も他にある事はございますが、そちらは主に大量生産された物を取り扱っております。鍛冶屋であれば一点物も多くございますので、お嬢様に合う武具が見付かる可能性も高いと存じます。仮に見付からなくてもオーダーメイドで作る事も可能でございますので、武具は此方でお探しになるのが宜しいでしょう」


 相変わらず淡々とした口調ではあったが、アイシスはそこからタチバナの優しさを感じ取っていた。必要最低限の情報だけを告げるのではなく、丁寧に情報を伝えてくれる。それは主への忠誠心からかもしれないし、仕事への職業意識からかもしれない。それでも今までのタチバナの行動や言葉から考えてもタチバナが優しい人なのは確かだろう。そうアイシスは思っていた。

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