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第16部分

「タチバナ、これはどうかしら」


「中々に良い物かと」


「タチバナ、これは?」


「そちらの値段が高いのはデザインによる物ですから隣の物の方が品質も高く宜しいかと」


 そんな遣り取りをしながら、売り場の流れに沿った順番で不足している物資や装備を選んでいく二人の少女。最初は少女らしい感性でしか品物を選ばなかったアイシスも、タチバナの助言を聞いていく間に徐々に目利きの力を付けてきていた。そして二人がこの店で買える装備のうち大体を選び終えた頃であった。


「タチバナ、これはどうかしら?」


 そう言ってアイシスが指差したのはピンク色に塗られた水筒であった。アイシスにとってはこの買い物が幼少時を除けば人生で初のショッピングであり、その行為自体があまりにも楽しいものであった。その楽しい気分から生じたちょっとした悪戯心がこの様な品物の選択をアイシスにさせたのだった。


「……大きさもお嬢様の体格から考えれば問題はありませんし、材質的にも耐久性等は十分でしょう。お嬢様がお気に召されたのならばそれで宜しいかと存じます」


 しかし、少々の沈黙の後にタチバナから発せられた言葉はアイシスにとって意外なものだった。確かに悪戯心から発した選択ではあったが実際に気に入って選んだ物である。よってタチバナが認めたのであれば問題は一切無いのだが、ツッコミを待っていたアイシスは少々肩透かしを喰った様な気分になる。


 タチバナに意図を尋ねようかと思ったアイシスがふと気付く。タチバナの返答の前に少し間があったのは何か言葉を飲み込んだのではないかと。つまりタチバナは否定したい気持ちを抑えて主人である自身が気に入った物を認めたのではないかと。あくまで推測ではあるが、もしそうであればそれを言葉にさせるのはあまりにも野暮である。


「それは良かったわ、色が可愛くて気に入ったのよ。ええと……この店で買えそうな物は大体揃えたかしらね」


 時には無神経を演じるのも主の務め。昔何かの本で読んだ言葉を思い出したアイシスが自身の疑問に特に言及せずに話題を次に進めようと発言する。


「はい。全体で見ても武具や食料を除けば大体揃ったと思われます。流石は大陸でも有数の都市なだけはありますね、この様な大型の店舗が存在するとは。お陰で物資調達の時間をかなり短縮する事が出来ました。ただ……」


「ただ?」


 珍しく言葉を詰まらせるタチバナ。それに驚いたアイシスが思わずそのまま聞き返す。


「その、私にも同じ物を買って頂けないかと……」


「え!? このピンクのを?」


 更なる驚きにアイシスがタチバナの言葉を遮り、殆ど素の状態で聞き返す。


「いえ、色は黒の物が良いのですが。……宜しいでしょうか?」


 タチバナの言葉にアイシスは妙に安心する。欲しい物が有れば言えと来店時に言ったにもかかわらず随分と恐縮しているなあ、と冷静になった頭で考えたアイシスが改めて棚を見ると値札が付いていた。50000。実に鳥串500本分である。左に見知らぬ記号が付いていたが、恐らくこの世界の通貨の単位なのだろう。アイシスはこの世界の物価事情は当然知らないのだが、主に出させるには確かに気が引けるかもしれないなとは思うのだった。


「勿論よ。言ったでしょう、従者の為の費用を主が負担するのは当然の事だと」


 タチバナを安心させる為に力強く言ったアイシスだったが、その内心には若干の不安が広がってはいた。水筒だけで十万を超える額である。自身が持つ金貨に大層な価値があるという事は分かってはいるが、実際にこれだけの物資を買うのに十分な程の持ち合わせが有るのかは不明なままであった。


「……ありがとうございます、お嬢様。それでは店の者を呼びましょうか」


「頼むわね」


 タチバナの提案にアイシスが平静を装って答える。タチバナが普通に対応しているという事だけが今のアイシスの精神安定剤であるが、宿屋で身支度をしていた際にもタチバナはアイシスの財布の中までは確認していなかったとアイシスは記憶していた。それでも彼女は信じる事にした。自身の財力ではなくタチバナの事を。


「へいまいど! お決まりですかい?」


 アイシスが考えている間にタチバナが手で合図をし、アイシス達の所にやって来た中年男性の従業員が威勢良く挨拶をする。考え事に没頭していたアイシスは少々驚くが、あくまでも平静を装ったままタチバナに対応を任せる事にする。アイシス自身も此処で選んだ商品は覚えているつもりではあるが、確実という自信は無かった。しかしタチバナなら覚えているだろうという信頼故の行動である。


「タチバナ」


「はっ。先ずはこの水筒と……」


 アイシスに促されたタチバナが此処まで選んできた商品を逆順で辿りながら示して行き、従業員がそれを手に取って所持していた籠に入れて行く。アイシスはその後ろを付いて行きながら改めて店内に並ぶ品々を眺めていた。その全てが元の世界には存在しない様な物や珍しい物という訳ではなかったが、長年病室で暮らしていた少女にはその全てが未だ新鮮で輝いて見えているのだった。

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