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第146部分

「お嬢様は初めての戦闘に於いてさえあれ程の動きが出来ていらっしゃいましたので、この程度の事であれば簡単にこなす事が出来るのは自明であったかと思われます。尤も、先程の様に妙な発作等を起こさなければのお話ではありますが」


 その感情が影響したかは本人にも定かではないが、珍しく些かの毒を混ぜた言葉でタチバナがアイシスの言葉に応じる。先程のアイシスの暴言への意趣返しという訳ではないが、多少の諧謔を混ぜた会話をアイシスが好んでいるのは、これまでの遣り取りからも間違いないだろう。その様な事を考えながらの発言ではあったが、何故かそれが言い訳である様にもタチバナには感じられた。


 一方、それを言われたアイシスは再びその顔を赤く染める。自身が誤魔化したつもりであった先程の場面が、タチバナにはしっかりと一種の異状として認識されていた。その事実が、今の言葉によりはっきりと示された為である。そして、それは過去の自身の数々の似た様な振る舞いに於いても、恐らくは同様である事を意味していた。

 

 穴があったら入りたい。という言葉があるが、人は一定以上の羞恥を感じると本当にそう思うのか。などという事を考える程には恥ずかしいが、どれ程悔やもうとも過去を変える事は出来ない。では未来を、と思おうにも、自身の癖をそう簡単に直す事が出来ない事も明白である。その様な事を考えたアイシスは、一つの決意をして口を開く。


「……まあ、色々と考えているとね、偶にあんな感じになっちゃうのよ。悪いけど、もうそういうものだと思って見守って貰えるかしら。勿論、それによって問題が起きそうな時には助けて頂戴ね」


 そうしてアイシスが口にしたのは、ある意味では完全に開き直ったとも取れる言葉であった。だが、無論、それはアイシスなりに考えた結果の言葉でもある。たとえ他者からは発作の様に見えるとしても、自身の素直な思考を抑える様な事は出来る限りしたくない。その為に自身の弱みの尻拭いをタチバナにさせる事には多少の後ろめたさは感じるが、タチバナが既に気付いていたのであれば状況は何も変わらない。


 それならば、こうして正面からお願いをする方がきっと誠実である筈だ。幸いな事に、私はタチバナにそうする事が許される立場にある。そして、これは願望に過ぎないかもしれないが、きっとタチバナもそれを受け入れてくれるだろう。概ねこの様な思考を経て、アイシスはその言葉を口にしたのであった。


 一方のタチバナは、自身では軽口を返したつもりであった言葉だが、それをアイシスが思いの外真剣に受け止めていた事に若干の戸惑いを覚えていた。だが、主が真剣に言葉を紡いだのであれば、自身も本気でそれに応じる必要がある。そう考えたタチバナは偽りなくその思いを吐露する事を決めるが、何故かそれが少し恥ずかしい事の様に感じるのだった。


「……元よりそのつもりでございます。お嬢様をお助けする事が私の仕事であり、そして私の願いでもありますので。お嬢様がお嬢様らしくある為に必要な事であれば、どの様な願いであれ私に仰って頂いて構いません。無論、先程の皮剥きの様にご自身で何かをなさりたいのであれば、それもまたお嬢様の自由です。お嬢様は、お嬢様のしたい様になされば良いのです」


 そのタチバナの答えは、アイシスが期待していた以上のものだった。見方によっては殆ど告白とも取れる内容であったが、此度のアイシスはその様に受け取る事は無かった。自身の何をタチバナはそこまで気に入ってくれているのだろうか。それは未だに分からなかったが、その好意に応えられる様にこれからも努力していこう。そんな事をアイシスが思った時だった。


 アイシスの腹が先程よりも大きな音を立て、いい加減に食物を寄越せと主張する。アイシスはその顔をまた赤く染めると、恥ずかしそうに笑いながら口を開く。


「……ありがとう。そういう事なら、取り敢えずは何か食べたいわ」


 そのアイシスの言葉とそれに到る一連の流れに、タチバナも思わず笑みを浮かべる。例によってアイシスがそれに気付く事は無かったが、何となく場の雰囲気が明るくなった様に感じてはいた。真面目な雰囲気も嫌いではないが、折角の旅なのだから出来る限り楽しいものであって欲しい。常々抱いていたその思いが通じた気がして、アイシスも更に表情を緩ませるのだった。


「……かしこまりました。それでは、先程皮を剥いた緑果を早速頂くと致しましょう。折角ですので、お嬢様はご自身で皮を剥いた物を召し上がりますか?」


 そのタチバナの言葉に、アイシスは即答はしなかった。実を言えばその答えは既に決まっていたのだが、それを素直に口にして良いかを考えていた。それを言う事で何かしらの意味を表してしまわないだろうか。その様な小さな不安をふと抱いたが故にであったが、少なくともタチバナが相手であれば杞憂である様に思えた。


「……いえ。それこそ折角だから、お互いが剥いた物を一つずつ頂くとしましょう。貴方が剥いた物と比べたら見た目は悪いかもしれないけど、味は変わらないから別に良いわよね?」

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