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第141部分

 言わんとする事は分かるが、結局出くわした事が無い程度には確率が低いのか。タチバナの言葉を受けてそんな事を思ったアイシスだったが、直後には良く考えれば当然の話である事に気付く。タチバナは確かに高い冒険者の適性を持っているが、少なくとも数日前まではメイドの仕事をしていたのである。少なくともその間には魔物と遭遇する様な場面が限られていた事は、アイシスにも想像に難くない事だった。


「……貴方の力は人間の領域から大分離れているとは思うけど、まあ貴方が言うならそうなんでしょうね。でも、そんな魔物が沢山居るんだったら、私達も結構危ないんじゃない? 出くわしてしまったらどうするのよ?」


 タチバナの態度からして、自身の言葉程に不味い状況ではないだろう。その様な推測は出来るものの、アイシスがタチバナの言葉によって多少なり不安を感じた事は否めなかった。それを解消する為に、アイシスはタチバナが余裕を崩さずにいる根拠を尋ねる。


「……脅かす様な事を申し上げてしまった様ですね。しかし、何度も言う様ですが世界とは広いものです。私でも歯が立たない魔物が世界には数多く居ると言っても、わざわざその住処に近付いたりしなければ遭遇する可能性は低いかと思われます。それに、私はこう見えて感知能力には自信がございますので、実際に遭遇する前に回避する事も恐らくは可能でしょう。以上の理由から、お嬢様がそこまでご心配なさる必要は無いかと思われます」


 タチバナはそのアイシスの不安を感じ取り、それを解消する為に言葉を尽くす。アイシスがそれ程大きな不安を抱えている訳ではないとはタチバナも思ったが、自身の言葉によって主の不安を煽ってしまったのであれば、それを解消する為に力を尽くすのはタチバナにとって当然の事だった。


「成程ね。要するに、出会わなければどうという事はない、という事なのね。でも、もし出くわしちゃったらどうするのよ?」


 その様な魔物に出くわす事は、譬えるならトラックにでも撥ねられる様なものである。十分に気を付けはするものの、それでも遭遇してしまう事は気にしていても仕方が無い。タチバナの努力の甲斐もあり、その様に考える事でアイシスはその不安の殆どを解消する事には成功する。だが、自身の質問の一部には未だ回答が得られていない事にも気付いていた。一方のタチバナは、アイシスの不安を解消する事に集中するあまりにそれに答える事を失念していたのだった。


「……失礼致しました。先程のご質問にお答えしておりませんでしたね。基本的には遭遇しない事が最適解になりますが、もし遭遇してしまった場合は……そうですね。私が時間を稼ぐので、お嬢様にはお逃げになって頂く……という様な事は、お嬢様はお好みにならないでしょう。ですので、従者として申し訳の無い事ではございますが、その場合はお嬢様の例の魔法で対処して頂きたく存じます」


 そのタチバナの言葉を聴き、アイシスは自身も大事な事を失念していた事に気付く。ああ、そう言えばそんなものもあったわね。そう納得する一方、それは当初には存在しない概念であったのも事実である。では、当初はどうするつもりだったのか。そう思うアイシスであったが、その答えは既に出されていた。すべき事は遭遇しない為の努力であり、もしもの時はタチバナ自身が身を挺してでも、主である自身を逃がすつもりだったのだろう。


「……成程ね。正直に言えば、その魔法の事は頭から抜けてしまっていたわ。私が疲れて倒れちゃったとしても、どちらかがやられてしまうよりはずっとましだものね。でも良かったわ、そういう保険があると思えば、安心して冒険に集中出来そうね」


 先程はああ言ったものの、どの様な相手にでも例の魔法が効くとは限らないし、それなりに時間が掛かるあの詠唱をさせて貰えるかも分からない。タチバナはそう思っていたが、悪戯に主を不安にさせる必要は無いだろうと、敢えて口にはしなかったのであった。


 無論、この世界に存在する魔物の具体的な数も、その頂点に位置する者の強さも、タチバナには知り得ない事である。だからこそ、自身が敵わぬ相手が世に居ないなどとは思わないが、同じくだからこそ、その様な相手を仮想敵とする事は無意味だと考えていた。


「はい。ですので、お嬢様が何かを心配なさる必要はございません。相対する事が既に決まっている相手に対しては、事前に対策を練る事は時に大切な事です。しかし、そうでない相手への事前の予測とは、悪影響になる事の方が多いものなのです」


 そのタチバナの言葉に一応は納得しながらも、アイシスは思っていた。そもそも、自身でも敵わない魔物も居るとか言い出したのはタチバナではなかったか、と。だが、そこから記憶を少しだけ遡ると、自身が魔物を侮る様な事を言った事が発端である事に気付く。それに直近のタチバナの言葉を加えて考えれば、タチバナが言いたい事は明白だった。


 自然の方が厄介だとか、魔物の方が危険だとかいう事前の勝手な思い込みこそが、最も危険を招くものである。そのタチバナの考えはアイシスにとって納得出来るものでもあったが、それは遭遇した出来事や相手に瞬時に対応出来るだけの思考の瞬発力と柔軟性、そして膨大な知識を持ち合わせているからこその考えであるとも思えた。


 だが、自身にはそういったものは無い。そんな事を思ったアイシスだったが、直ぐにそれを自ら打ち消す。その考えの持ち主であるタチバナが傍に居てくれるから問題は無いし、自身はそれらをタチバナから少しずつ学んで行けば良い。その事に気が付くと、アイシスのタチバナに対する感謝の念は更に膨らむのであった。

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