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第138部分

「そうでしたか。仮にも勇者であるライト様でも、その例外とは成り得なかったのですか? 巷では、女性にかなりの人気があるとか聞きますが」


 アイシスの言葉を受け、タチバナが訊き返す。それはその内容も含め、アイシスにとって非常に意外な事だったが、実際の所、タチバナはその事にさして興味がある訳ではなかった。アイシスが「恋バナ」をする事を求めていたのだから、即座に話が終わってしまっては申し訳が無い。そう考えたタチバナが、話を繋ぐ為に尋ねてみたのだった。


「……まあ、本人や彼を好いている人には悪いけど、論外ね。ライトだったら、貴方の方がよっぽど男前よ。というより、貴方より男前な人を私は見た覚えが無いけれど」


 そのタチバナの意図に薄々は気付きながらも、アイシスは真面目に返答する。少女はそう何度もライトと会った事がある訳ではないが、何というか、女の子の尻に敷かれているという印象は否めないのであった。


「成程……流石はお嬢様。お嬢様に見初められるには、勇者ライト様を以てしても役者不足という事ですね。……ところで、それは褒めて頂けているという事でよろしいのでしょうか?」


 アイシスの返答に対し、タチバナが再度返答する。以前にも似た様なやり取りをした覚えはあったが、男前という言葉が自身に対する褒め言葉であるかは、再度確認をする必要があるとタチバナには思えた。


「ん? 当り前じゃない。貴方程に勇気があって、力と技術と知識が凄くて、忠誠心も篤くて、一見クールな感じだけど実は凄く優しくて――」


「……お褒め頂けるのは嬉しいですが、人違いではありませんか」


 自身の言葉へのアイシスの返答に耳を傾けていたタチバナであったが、その称賛の言葉が自身とはかけ離れている気がして思わずそれを遮る。タチバナの美点を挙げる事に没頭していたアイシスはそれで我に返るが、きょとんとした表情でタチバナを見つめる。夢中になっていた所から急に現実に戻された為、アイシスには自身が恥ずかしい事を言っていたという自覚は無かった。


「あら驚いた。貴方、自覚が無かったのね。貴方は勇気があって優しくて……」


 だが、こうして改めてそれらを言い直そうとした所で、アイシスは漸くそれに気付くと顔を真っ赤にしながら口を噤む。本人の目の前でその美点を並べるという事は、並の精神力で成し得る事ではなかった。


「そう……なのでしょうか。一部の点に於いては、私自身にそういった自覚はありませんが、お嬢様にそう思って頂けた事は嬉しく思います」


 とはいえ、褒められる本人が感じる恥ずかしさはその比ではない。つい先程に人生初の羞恥を覚えていたタチバナであったが、それと同等かそれ以上のものを現在進行形で感じていた。外見上の変化こそ無かったものの、その影響でタチバナの首から上の体温はいくらか上昇していた。感情が要因での体調の変化を実感した事も、タチバナの記憶の限りでは初めての事だった。


「まあ、少なくとも私に対しては、という意味では間違いないから、そう謙遜しないで良いのよ。それにしても暑いわね! もう夏になったのかしら?」


 その頬を真紅に染めたまま早口でそう言うと、アイシスは水筒を取り出して一杯の水を急いで飲み干す。次の水源が確保出来ていない現状では、あまり推奨出来る行為ではない。そう思ったタチバナであったが、似た様な感覚を自身も覚えている為、それを諫める様な事はしなかった。


「……私達は両者とも異性に興味を持った事がないという事で、恋バナというものをするには早かったのかもしれませんね。その為にお嬢様は少々興奮されてしまったのかもしれません。今夜の所は、恋バナをこれ以上続けるのは止めておいた方が良いかと思われます」


 その代わりという訳ではないが、タチバナは恋バナのお開きを提案する。それはアイシスの体調を気遣ってという体であり、事実としてそれが理由の大部分を占めてはいたが、タチバナ自身の為でもある事は否めなかった。


「……そうね。そもそも、参加者の誰かが恋をしていない限り、恋バナというものは成り立たない様な気もするから、今日の所はここまでにしておきましょう」


 直接の原因は恋バナではなく、その後の話の方である。無論、その事には両者共に気付いてはいたが、アイシスはタチバナの言葉に乗って話を締める事にする。生きていれば、時には欺瞞も必要になる事がある。正直である事を美徳と信じるアイシスであったが、その事を改めて思い知る事になったのであった。


 ともあれ、そうして恋バナを切り上げた事で、テントの内部を沈黙が支配する。外部から虫の鳴き声がテントの生地越しに聞こえて来る他は、時折生じる衣擦れの音や、二人の呼吸音だけがそこに響いていた。会話が突如途切れた為に若干の気まずさを感じる事は否めないものの、アイシスはその静けさが嫌なものだとは思わなかった。


 無論、それぞれで異なったものではあったが、二人はその生涯の多くの時間をこうした静けさの中で過ごして来た。その為か、両者ともにこの静けさを寂しいものだとは感じなかった。アイシスは優しさを、タチバナは一時の平穏を、その静寂の中に見出しているのだった。

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