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第131部分

「お嬢様、お待たせ致しました。夕食のご用意が出来ましたので、頂くと致しましょう」


「ええ、分かったわ」

 

 そのタチバナの呼び掛けに応じたアイシスの声は平常時に近いものであったが、実の所、アイシスはそう装っているだけであった。タチバナが呼び掛けるまでの間、アイシスは空を眺め続けていたが、その頭の中は概ね食事の事で占められていたのであった。


 アイシスが星空からタチバナの方へ視線を向けた時、既にタチバナは料理を皿に盛り付けている所であった。いや、盛り付けているという表現は適切ではないかもしれない。タチバナがしていた行為は盛り付け等という高尚なものではなく、単に皿に載せるというだけのものだった。


「お嬢様、どうぞ」


 そう言いながらタチバナが差し出した皿に載っていたのは、ハンバーガーの様な何かであった。食事の際に出て来る頻度の高さから、この辺り、若しくはタチバナの中ではスタンダードなのであろう見慣れたパンに、何やら草の様な物と肉らしきものが挟まっている。


「ええ、ありがとう」


 そう言ってそれを受け取りはしたものの、アイシスは内心で動揺を感じていた。これまでの食事の際に見たタチバナの言動からして、この様な食べ方はこの世界では一般的ではなかった筈。にもかかわらずこれが今出て来たという事は、私の先程の食べ方を見て、早くもそれを取り入れて来たという事である。さしずめ、タチバナバーガーと言った所か。


 そして、そう踏み切ったのは私がその食べ方で満足していた事を見抜いたからだろう。その観察眼と柔軟性については、流石はタチバナと言うべきか。その様な思考を経たアイシスはタチバナの凄さに驚きつつ、同時に自身の食事シーンが具に観察されていた事に恥ずかしさを覚えるが、彼女が真に動揺を感じた事は別に存在していた。


 まさか、先程あれだけ感動を覚えた昼食と似た様な物が、夕食にも出て来てしまうとは。そう思ったアイシスだったが、無論、その事でタチバナを責めるつもりは毛頭無かった。だが、食事によってあれだけの感動を覚えた事が、逆に仇となってしまうかもしれないという事態に、アイシスは戦慄を覚えていた。


 何やら考え込んでいる様子の主に対し、タチバナは声を掛けるべきかを考えていた。昼食の際のアイシスの様子から、この様な食べ方を好んでいると考えられた為にこれを出したのだが、不興を買ってしまったのだろうか。そう考えると、食べないのかと声を掛ける事はタチバナには憚られた。


 無用とも思える動揺に苛まれていたアイシスだったが、香ばしい匂いによってふと現実へと引き戻される。と同時に、アイシスはタチバナの物言いたげな視線に気付く。


「ああ、大丈夫。ちょっと考え事をしていただけよ。それじゃあ、頂きます」


 自身が料理に手を付けない事をタチバナは気にしていると察したアイシスは、直ぐに席に着いて食前の挨拶を口にする。


「……頂きます」


 アイシスの物の倍はあろうバーガーが載った皿を手に持ったタチバナも、少しだけ間を置いてそれに続く。今までの料理はどれもアイシスからの好評を受けてはいたが、今回もそうとは限らない。直前のアイシスの様子からそう考えたタチバナは、当人にとっては非常に珍しい事に、若干の不安をその心中に抱いていた。


「……んん?」


 が、その不安は料理を一口食べたアイシスの表情を見た瞬間に解消される。思い切って一口目を豪快に口にしたアイシスは、その味への驚きからそれを口に含んだまま、思わず声を上げる。その際には既に緩み切った表情となっており、例によって咀嚼が足りぬままにそれを嚥下してしまうのだった。


「これ、干し肉じゃないわよね?」


 タチバナ作のバーガーの一口目を食べ終えたアイシスは、先程の進行の時に匹敵するテンションでタチバナへと尋ねる。予測していた干し肉の味とはかけ離れた新鮮で濃厚な味わいに、アイシスは大きな驚きと感動を同時に覚えていたのだった。


「はい。お嬢様が薪を拾いに発たれた後、丁度良く野鳥が近くに飛んで来まして。先程のお嬢様の言葉に従ってそれを狩り、こうして夕食の材料として利用した次第でございます」


 そう答えたタチバナの皿には、未だ手付かずの巨大なバーガーが載ったままだった。アイシスに満足して貰えるかという不安と、それが解消された時の安堵から、タチバナは食事に手を付けられずにいたのであった。


「成程ね。その野鳥には悪いけど、グッジョブよタチバナ!」


 そう言いながら、アイシスは右手の親指を立て、残りの指を握った形でタチバナの方に突き出す。その言葉の意味も仕草の意味もタチバナには分からなかったが、アイシスが満足しているという事は十分に伝わっており、タチバナにとってはそれで十分であった。


 一方、高いテンションから謎の動きを繰り出したアイシスは、タチバナバーガーを手に持ちながら考えていた。……という事は、私が戻って来た時に夕食の準備が終わっていなかったのは、その狩りと処理の影響って事よね。つまり、私の仕事が早くなった訳ではなかった、と。


 そこまで考えたアイシスは、手に持ったバーガーに噛り付く。その瞬間、直前まで考えていた事はどうでも良くなっていた。口内に広がる新鮮な鳥肉の旨味とパンの甘味は、昼食の魚に勝るとも劣らない味わいであり、アイシスはその味と、それをこうして口に出来る幸せを噛み締めていた。

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