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第126部分

「……それじゃあ、これからはなるべく新鮮な食料を調達していきたいわね! いや、勿論それだけの為にわざわざ時間を割いたりはしないで良いし、都合良く手に入らなかった時は干し肉でも大丈夫だけれど。干し肉は干し肉で美味しいしね」


 先程のタチバナはそれなりに多くの事を思考していたが、その思考の速さの為に現実の時間はそれ程経過していた訳ではなかった。その間をタチバナと同様に思考に費やしたアイシスが、やや早口で言う。積極的に生き物を殺める事に抵抗があったアイシスであったが、先程の魚の味への感動から、食す為という条件付きであれば、それも仕方が無いという考えに到ったのであった。


 とはいえ、根が優しいアイシスは自身の欲望だけを理由にそれを選んだ訳ではない。いくつかの理由を考え、それによって自身を納得させたのであった。その一つは、干し肉とて元々は生きた動物であった訳であり、手を下す人間が異なるだけで失われる命の量は変わらないという事。もう一つは、新鮮な物の方が栄養面でも優れているだろうという事である。言い訳染みているとは本人も思ってはいたが、紛れもない事実でもあった。


「……かしこまりました。それでは、食事に近い時間帯に都合の良い獲物を見付けた際には、それを狩る事を考える事に致しましょう」


 アイシスが食事を優先する事を少しだけ意外に思いながらも、アイシスの様に味を楽しむ事を考える様になったタチバナはその提案に同意する。そうでなくとも、アイシスがそれに抵抗を示さないのであれば、元より食料は出来るだけ現地調達するつもりではあったのだが。


「ええ。基本的には貴方に任せる事になってしまうと思うけど、適材適所という事でお願いするわね」


 自身が手を下す事には未だ若干の抵抗がある。その事をアイシスは口にはしなかったが、その言葉自体は真実を表してはいた。相手が魔物であれ野生動物であれ、それを仕留める為の能力は、アイシスとタチバナでは比べるべくも無かった。


「はい。その様な類の事は私にお任せ下さい。……というよりも、お嬢様がご自身でされたい事や、効率等の理由で分担をすべきである場合を除けば、全ての雑事は私に任せて頂いて構いません。私は、自ら望んでお嬢様の従者をさせて頂いているのですから」


 アイシスの願いに、タチバナが淡々とした口調で答える。だが、アイシスはその内容からタチバナの思いをしっかりと感じ取る事が出来た。依然、アイシスは全てをタチバナに任せてしまう事に多少なり抵抗があったが、タチバナは全てを任せろと言っている訳ではない。「任せても良い」と自身の判断の余地が残されている事を、アイシスはタチバナの優しさだと受け取っていた。


「……まあ、貴方がそれで良いのなら良いんじゃない。その代わり、という訳じゃないけれど、私が何かすべき時や、私に何かして欲しい時は遠慮なく言って頂戴。……良いわね、これは命令よ」


 とはいえ、本人がやりたいと言っている事を理由無く止める訳にはいかない。そう考えたアイシスはせめてもの配慮として、自身にもいつでも仕事を振って構わない旨を伝える。だが、それだけでは、タチバナは従者として遠慮する事を選んでしまうかもしれない。そう思ったアイシスは、最後に命令だと念を押す。アイシスは自分がタチバナに命令を出来る様な人間だと考えてはいなかったが、この様な使い方であれば構わないだろうと思われたのだった。


「……かしこまりました。それでは、私は昼食の片付け等を済ませてしまいますので、お嬢様は楽になさっていて下さい」


 少々の間を置いてその命令を受諾したタチバナが言う。アイシスの意図を汲んだ上であっても、この状況で頼むべき事は無いと考えられた。尤も、その作業の何れかをアイシスに頼んだとしても、アイシスにはその手の経験が無いに等しい為に、却って効率は悪化していたであろうが。


「分かったわ。でもただ待つのも暇だし、近くを適当に回ってくるわね」


 その旨は本人も重々承知しているアイシスは、大人しくタチバナの言に従う事にする。とはいえ、先程の待ち時間は殆ど川を眺めただけで終わってしまった為に消化不良の様な感覚があったアイシスは、ただ待つだけではいられなかった。


「はい、行ってらっしゃいませ」


 そのタチバナの言葉を背に受け、アイシスは改めて川の方へと歩き出す……が、その直後に立ち止まる。先程は食べる事に夢中になっていたアイシスは、漸く自身の喉の渇きに気付いたのだった。ポーチから水筒を取り出して一杯の水を飲み干すと、ふと疑問が浮かんだアイシスはタチバナの方を振り返る。


「あら?」


 が、そこにタチバナは居なかった。不思議に思いながらアイシスが辺りを見回すと、食器等を持ったタチバナは既に川の畔に移動していた。え、魔法? 思わずそんな事を考えてしまったアイシスだったが、気を取り直してそちらへ歩き出すと同時に口を開く。


「……ねえ、タチバナ。此処で水を補給すべきかしら?」


 一見すればこの川の水は綺麗なものではあるが、魚が生息しているのだから様々なものが含まれているだろう。そうアイシスには思えたが、これだけ流れがあるのだからそのような事は問題にならないのかもしれない。同時にそうも考えられ、自身では答えを出す事が出来なかったアイシスは、素直にそれを知っているであろうタチバナに尋ねるのだった。

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