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第119部分

 そうして歩き始めて直ぐ、アイシスは自身の靴底が滑る様な感覚に驚いて下を見る。冒険用に誂えられた靴は滑り難く作られていた為に実際に転ぶ事は無かったが、アイシスはそこで生まれて初めて川の付近の地面をまじまじと見る事になった。


 辺りには大きめの石がいくつも転がっており、その表面や地面自体にも緑の苔がびっしりと生している。その苔自体や、それが生えている場所全てが湿り気を帯びており、何やら光沢を持っていた。この辺りの木の枝は、湿っている為に薪には向かない。それを論理的には分かっていたが、この様に何もかもが濡れて光っているという光景を、少女は雨上がり以外で見た事が無かった。


 当然の事である筈なのに、それが不思議だと感じる。そんな、それ自体が不思議とも思える感覚を抱えながら、アイシスは考えていた。異世界ならではの不思議な現象以外にも、自分には未だ知らない事が山程あるだろう。こうしてそれらを新たに発見する事を楽しみつつ、知識や経験を増やして行こう。そしていつかは、タチバナと肩を並べられる程の立派な冒険者になるのだ。


 その様な思考に耽りながらも、アイシスは下を見て薪を探しながら歩いていた。自身が川から離れるにつれ、地面等は渇きを取り戻す。言うまでもなくそれも当然の事ではあるのだが、アイシスは何か面白いものを見ているかの様な感動を覚えていた。


 少し大袈裟かもしれないとは自分でも思っていたが、この事についてこんなに感動出来る事は、恐らくは今後二度と無いだろう。そう思うと、それを抑える事は勿体なく感じられた。そして、それは今後自分が経験する全ての物事についても同様だろう。そう考えたアイシスは、今後もありのままの感動を大切にしていこうと心に刻むのだった。


 流石に余計な事を考え過ぎている。自身が未だに一つの可燃物も拾っていないという事に気付き、アイシスはそう思った。この様な簡単な仕事であっても、タチバナに任された大切な任務である。しかも、自身もタチバナも、今現在空腹を我慢している最中なのだ。そう考えたアイシスは、漸く薪を拾う事に集中し始める。


 意識をそちらに割きさえすれば、既に何度もこなしている仕事である。余計な思考を止めたアイシスは、手馴れた様子で薪を集めていく。新たな環境にも直ぐに適応し、枝を拾う際には手でその湿り具合をきちんと確かめていくという配慮を見せていた。


「……もし私が思う様に成長出来なかったとしても、少なくともこの役目は果たして行けそうね」


 自らの仕事振りに、アイシスはそんな冗談めいた事を独り言ちる。無論、本気で言っている訳ではなかったが、自身にも果たせる役目があるという事は、アイシスを少し安心させたのも事実だった。その後も調子良く薪を集めていると、アイシスは今日もこの仕事が楽しくなって来るのだった。


 そうして集まった薪を抱えてアイシスが川の方に戻ると、既にタチバナは少し離れた所で竈等の準備を完了していた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 いつもの事ながら、なんと仕事の速い事か。そんな事を思いながらタチバナの言葉を聞くと、アイシスは笑顔で口を開く。


「ただいま、タチバナ。どうやらお待たせしちゃったかしら?」


 そう言いながら、アイシスは手馴れた様子で薪を竈の近くに置く。無論、そこには火付けに有用な枯れ草の類も含まれていた。考え事に時間を取られていたのは確かではあったが、やはり川の付近では湿気が多く、それらを探すのに少々離れる必要があった事も時間が掛かった理由として大きかった。


「いえ。それでは、いよいよ魚を確保すると致しましょう。……一応お尋ねしておきますが、お嬢様がそうされますか?」


 それらの理由を言わずとも察しているタチバナは、短い言葉でアイシスの問いを否定すると、魚の確保へと話を移す。些か急な話題転換だとアイシスは感じたが、自身の腹具合から見れば無理のない事だと思えた。それよりも気になったのは、タチバナの問い掛けだった。


 当然ながらタチバナがやるものだろう。そう思っていたアイシスとしては意外な問いではあったが、良く考えれば従者としては当然とも言える問いであった。自身が色々と冒険の役に立つ知識を求めている事は、これまでの言動からタチバナにとっても明白である。であれば、タチバナが自身でやるべき事だと考えていたとしても、それを主に確認するのは自然な事だった。


「……いえ、貴方に任せるわ。というか、多分……いえ、間違いなく私には無理よ」


 少々の思考を挟んだ為に、やや間を空けてからアイシスが答える。当然ながら否定の答えとなったが、改めて考えてみてもアイシスにはそれが可能とは思えなかった。釣り具や網の類も無く、水中の魚が相手であれば、ナイフを投げたとてそれで仕留めるのは無理があるだろう。アイシスの想像力ではその様にしか考えられなかったが、タチバナの言動からすれば、本人にとっては出来て当然な事であるのは間違いなかった。その未知の方法に、アイシスは強い興味を抱くのだった。

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