第112部分
「……そうだね。ありがとう、エイミー。それと、アイシスも。これからは……いや、これからも、困っている人々を助けながら、僕ら自身の力を高めていく事にするよ」
エイミーに励まされたライトが、顔を上げて決意表明の様な事をする。それを聞きながら、アイシスはこのエイミーという少女について考えていた。エイミーは気が強くて口も悪く、アイシスに対する当たりはかなり強い。また、理由を付けてパーティーの一員であるアイシスを追放にまで追い込んだという過去をも持つ。それらの言動は、勇者のパーティーの一員とは思えない事もなかった。
だが、この場面がエイミーとの初対面であった少女でも、それら全てが一つの同じ理由から来ている事は何となく察する事が出来ていた。
「まあ、精々頑張りなさいな」
悪戯っぽい笑みを浮かべたアイシスは、その言葉をエイミーの方を向いて投げ掛ける。自分やタチバナにその手の気配が一切無い今、この世界で目覚めてから初めて感じるその気配に、少女はその目を輝かせていた。
「あ……ああ、ありがとう」
アイシスの視線が自らに向いていない事に気付きはしたものの、話の流れからそれが自身に向けられたものだと判断したライトが礼を言う。エイミーは顔を真っ赤にして何かを言いたそうにしていたが、ライトが自身への言葉と判断して返事をした以上、下手な事を言う事は出来なかった。
「でも、徹夜をして来たと言っていたし、先ずは休む事ね。この近くには水場もあるし、果物が生っている木もある……と思うから補給には困らない筈よ」
いくら決意を新たにしたとしても、十分な休息を取らずに先を急ぐ事は非常に危険である。冒険については未だ初級者のアイシスでも、それ位は分かっていた。
「アンタなんかに言われなくてもそうするわよ! ライト、テントの用意をお願い」
ライトがアイシスの助言に礼を言う前に、エイミーがまたしてもアイシスに強く当たる。だが、エイミーが隠しているであろう事実を、自らは知っている。そう考えているアイシスは、既にエイミーに対する優位性を感じており、それを涼しげな顔で受け止めるのだった。
「あ……ああ、分かった。でも、少し待っていてくれ。アイシス……それとタチバナさん、時間を取らせてしまって悪かったね。此処に来た当初の目的は果たせなかったけど、今は断ってくれて良かったと思っているよ。僕らはまた別の道を歩く事になるけど、君達の旅の目的も、僕らとそう遠くないものである事を願っている。それじゃあ、僕はエイミーとユキの為にテントを用意してあげなくちゃ」
そう言い残すと、ライトはエイミー達の方へと急ぐ。エイミーとユキの為にという事は、ライトは眠らないのか。アイシスはそれを見送りながら、そんな事を考えていた。そして、直ぐにその答えを自ら見出す。ああ、男性であるライトは、エイミー達と一緒にテントで眠る訳にはいかないのか、と。
「お話はお済みになりましたか」
余計な事を考えてぼうっとしていたアイシスの許に寄り、タチバナが声を掛ける。
「……その様ね。まあ、悪い人ではないのでしょうけど、やはり少し勝手よねえ」
そう愚痴を言いながらも、アイシスの気分は悪いものではなかった。少し遠くでテントを組み立てるライトと、それを待つエイミー達を眺める表情も、タチバナには何処か満足げなものに見えた。タチバナ本人も、主と自らの見解が一致した事に少々の喜びを感じていた。
「……そうかもしれませんね。それでは、我々も自分達の旅に戻ると致しましょうか。先ずは洗い物等を済ませてしまうつもりでしたが、テントも畳んで荷物も持って行ってしまいましょう」
そのタチバナの提案の意図を、アイシスは直ぐには理解出来なかった。別に後で良い。そう思ったアイシスだったが、直ぐにその理由に気付く。現在のテントとライト達、そして水場の位置関係だと、洗い物の後に再びライト達とすれ違う事になる。タチバナは恐らくライト達を未だ良く思ってはいないから、それが嫌なのだろう。
「そうね。それじゃあ、お願いするわ」
そう考えたアイシスがタチバナの提案を了承するが、実際にはタチバナの提案にはもう一つの意図があった。タチバナは基本的に他人を信用しておらず、自分達の荷物に手を出されないという保証が無いと考えたのである。それが仮にも勇者を名乗る相手だとしても。
「かしこまりました。それでは少々お待ち下さい」
そう言うと、タチバナは素早くテント内の荷物を回収し始める。その様な雑務全てをタチバナに任せる事については、アイシスは未だ少し気が引けはしていた。だが、テントを畳む事は自身には出来ないし、本人も主にその様な作業をさせたくはないだろう。そして何よりも、自分達の風呂敷包みにあれだけの物資を入れる方法が、自分には理解出来ない。その様な考えから、アイシスは大人しくタチバナに全てを任せる事にしていた。
「お待たせ致しました。それでは、水場へと移動すると致しましょう」
あっという間に作業を終わらせたタチバナが言う。先程自身が見た、ライトがテントを張っていく様は、アイシスには中々に手馴れている様に思えた。だが、それとも比較にならない速度でタチバナは既に作業を終えてしまった。こうして、初めて他者と比較する事で、アイシスは改めてタチバナの能力の高さを実感する。そして同時に、そんな優秀な従者が自身の傍に居てくれる事に改めて有難さを感じるのだった。