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第110部分

 では、タチバナは何に、或いは誰に対して怒っているのだろうか。自身がタチバナの怒りを感じ始めたタイミングを考えれば、その答えは殆ど自明であると言っても良かった。だが、それでもアイシスはそれについての考察を始める。徹夜をしてまで自分達を勧誘しに来た相手に対し、十分に考えずに答えを出す事は失礼だとアイシスは思っていた。


 タチバナは、自らの主を一度追放しておいて、ぬけぬけともう一度勧誘して来た事に怒っている。タイミングを考えれば、それは間違いなかった。実際に、追放時点では完全に他人事であった自身であっても、今度の依頼についてはどうかとは思っていた。一度追放した相手の従者が実は強かったと知ったから、主共々また勧誘する。それは自身の感性に於いても、恥知らずな行為と言わざるを得なかった。


 だが、恐らくそれはライトも承知の上であろう。アイシスはそう考えていた。今までの言動を見る限り、ライトは決して薄情という訳ではない。あくまでも推測ではあるが、彼は使命、或いは目的を遂行する事を何よりも大切にしているのだろう。それ故に、以前は戦力的に重要なエイミー、及びユキの離脱を防ぐ為にアイシスを追放した。そして、今度は戦力の増強の為に、こうして恥知らずとも思われかねない行動をしている。


 使命の為には、自らが汚名を被る事も厭わない。それは高潔な事だとも言えるが、それでも此度の出来事がタチバナにとって気に入らない事なのは、恐らく間違いないだろう。だが、それだけだろうか。先程の小鬼の一件も、タチバナであればエイミー達を驚かさない様な方法を取る事も出来た気がする。そうアイシスには思えた。


「……いつまで考えてるのよ」


 深い思考に耽るアイシスに、エイミーが小声で毒づく。それと同時に、アイシスはタチバナから感じられる怒りが少し大きくなった様に感じられた。アイシスにはエイミーの声が聞こえた訳ではなかったが、その理由は何となく察する事が出来た。


 全ては自身の推測に過ぎないが、恐らくタチバナはライトの恥知らずな言動に対して怒っており、そもそも、主を追放した事にも怒っているのかもしれない。そして、その主たる原因であろうエイミーの事も、良く思っていないのは間違いないだろう。ライトはエイミーとユキが、と言っていたが、実際にはエイミーが主導した事はこれまでの二人の様子からも自明であった。


 タチバナの怒りの理由は概ね分かったが、もし自身がライトの依頼を受諾すれば、タチバナは従者としてそれに従うだろう。そして加入後は、主の顔を立てる為に様々な我慢をする事になる。仮にエイミーがいびる様な事をしたとしても、自分から相手をどうこうとはしないだろう。その様な事は、アイシスにとって許せる事ではなかった。


 既に概ね察してはいたが、やはりライトの依頼を受諾する訳にはいかない。そう答えを出したアイシスだったが、次の問題はその断り方だった。タチバナが怒っているから、等と言っても納得をして貰えるとは思えないし、そもそもタチバナ自身がそれを否定する可能性もある。タチバナも含めた全員が納得する、相応の理由を述べねばならないだろう。最終的には自分達の意思次第ではあるのだが、此処で押し問答をする事はアイシスの本意ではなかった。


 直ぐに思い付いたのは、事実でもある一つの理由だった。エイミーとは上手くやっていく自信が無い。だが、それを正直に言った場合には最悪の事態が考えられた。使命を第一とするライトが、今度はエイミー達と別れると言いかねない。仮にそうなったとしても自分達はライトと共に行くつもりはないが、その後にライト達がパーティーの体を成していられるとは思えなかった。


 最早自分達とは関係の無い存在であり、そもそもかつて自身を追放した相手である。その様な相手であっても、アイシスは悪戯に傷付けたり、仲をかき回したりしたくはなかった。とは言え、他に納得させる上手い理由も現状では思い付かなかった。


 仮に大賢者に魔法を教わりに行くから一緒には行けない、と正直に言えば、ほぼ間違いなく付いて来ると言い出すだろう。アイシスにとって、正直に言えばそれは御免だった。折角タチバナと楽しく旅をしているのを、邪魔されたくはなかった。無論それだけではなく、わざわざ隠棲をしているであろうその大賢者の許に、その友だと言っていたノーラの紹介以外の人物を連れて行く訳にはいかなかった。


 その様なやや長めの思考を経て、アイシスは自身が言うべき事を頭の中で概ね固める。それは本来の……いや、かつての自分からは考えられない様なものであり、実際にそれを口にするのは少女にとって少し勇気が要る事だった。


 ライト達を、特にエイミーを怒らせてしまわないだろうか。それは仕方ないとしても、暴力沙汰になったりはしないだろうか。本当に、これでライトは納得して引き下がってくれるだろうか。実際の人付き合いをあまりして来なかった少女が、その様な不安を感じてしまうのは無理もなかった。


 だが、やがて覚悟を決めたアイシスは、息を深く吸い込んで口を開く。


「貴方は散々私の家のお金を当てにしていた癖に、結局は女の言葉に従って私をパーティーから追放したじゃない。それなのに、その従者が実は有能な事を自分達が敵わなかった敵に教えられて、こうしてのこのこ顔を出して『また力を貸せ』ですって? 良くもまあ、その様な恥知らずな申し出が出来ましたわね。お生憎ですが、もう私はこのタチバナと新たな冒険者としてのパーティーを結成しておりますし、貴方が私達の力を必要だとしても、私達はそうではありませ――」


「あんた、いい加減に――」


「と、に、か、く! 今更戻って来てと言われても、もう遅いですわ!」

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