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第109部分

「ちょっとアイシス! 勇者であるライトが、わざわざこんな所まで来てまで頼んであげてるのに、何よその態度は!?」


 ライトの依頼に答える事も無くタチバナの方ばかりを気にしているアイシスに対し、エイミーが一歩前に出ながら叫ぶ。


「良いんだ、エイミー。急にやって来て無理なお願いをしているのは、僕らの方なんだから」


 ライトが後ろを振り向いてそれを宥めるが、エイミーの怒りはそれでも収まらない様だった。


「大体、お金を出すしか能が無いアイシスと、それに媚びる魔法も使えないメイドなんかに、あの魔族をどうにか出来る訳ないじゃない! どうせ何か……お金を払うとかして、それで私達への嫌がらせの為に――」


「エイミー!」


 仮にも勇者のパーティーである自分達でも歯が立たなかった相手を、自分達が追放した相手とその従者が退けるなどという事はあってはならない。その様な思いと、彼女が元来持っていた、魔法が使える自分達は特別だという思想。それらに触発され、エイミーが暴言染みた事を言う。それをライトが珍しく声を荒げて止めるのと同時に、タチバナが二、三歩、エイミー達の方へやや左寄りに歩を進める。


 まさか、その怒りをそのままぶつけてしまうつもりでは。その瞬間、思わずその様な考えがアイシスの中に浮かぶ。無論、タチバナがその様な分別のない行動をする人ではないと、アイシスは心から信じている。だが、それでも先の様な考えが浮かんでしまう程に、アイシスにはタチバナの強い怒りがはっきりと感じられていた。


「な、何よ! やろうっての!?」


 それを見たエイミーが、たじろぎながらもそう言って杖を構える。そのエイミーの言葉から、タチバナかアイシスが怒ってしまったと予想したライトが、それを止めようと振り向いた時だった。


 タチバナが左袖からナイフを抜き、エイミーの居る方へと投擲する。だが、何が起きたのかを理解出来たのはそれをした本人だけだった。やや遅れて、その動作を既に何度か見た事があるアイシスがそれを理解し、続いてライトがその後のタチバナの動作からそれを把握する。エイミーとユキは、何かが起きた事にさえ気付いていなかった。


「エイミー!」


 ライトがそう叫んで再び後ろを振り向いた時だった。


「ギィ……」


 短い悲鳴と何かが落ちる様な音が、先程までエイミーが寄り掛かっていた木の陰から響く。驚いたエイミー達が音の出所を確かめると、額にナイフが刺さった小鬼が武器を持ったまま倒れていた。


「……失礼致しました。どうぞ、お話をお続けになって下さい」


 淡々とした口調でそう言うと、タチバナは先程の位置へと戻る。つまり、タチバナだけがエイミーを狙っていた小鬼の存在に、木で死角になっていたにもかかわらず気付き、それを無力化したのだ。そしてその直前の移動は、小鬼への投擲位置を確保する為のものだった。それを理解した際の反応は、その場の各々によって異なっていた。


 アイシスはタチバナへの信頼と尊敬を更に強め、ライトはその感知能力と腕前に驚愕する。エイミーは自身が危機に陥っていた事への恐怖を感じ、ユキはエイミーが無事に済んだ事に心から安堵していた。


「エイミーを助けてくれてありがとうございます、タチバナさん。改めてお願いします。その素晴らしい腕前を、どうかこの世界と人々の平和の為に貸して下さい!」


 タチバナの力をその目で確かめたライトは、タチバナの方へ振り返ると改めてパーティーへの加入を依頼する。だがタチバナは何も答えず、アイシスの方を見る。それを決めるのは自身ではなく、主たるアイシスである。その様な従者として当然の意思を、タチバナは言葉を発する事無くライトへと伝えるのだった。


 その意を汲んだライトがアイシスを見つめた事で、先程の出来事によって忘れかけていた本来の話の趣旨を、アイシスも漸く思い出す。そうだ、勇者ライトに再びのパーティ加入を依頼されていたのだった、と。既に答えは決まっている様な気がしたが、それでも軽々と答えを出すべき問いでない事は確かである。そう思ったアイシスは、改めてこの件について深く思考する事にする。


 正直に言えば、勇者パーティーの一員になる事自体は、アイシスにとって吝かではなかった。かつて様々な物語と共に育った少女にとって、勇者とはある意味憧れの存在でもある。そして世界や人々の平和の為に戦うという目的も、同様の理由で少女にとって悪いものではない。


 だが、そう上手くは行かない事も、いくつかの理由からアイシスは既に分かっていた。先ず、自身が男性と共に旅をする事は難しいだろうという事。エイミーが自分達を敵視……とは言わないまでも、敬遠しているという事。そして何よりも、すぐ傍に居るタチバナからは未だ怒りを感じられるという事。


 本人がそう言った訳ではなく、態度や口調も普段との変わりはない。つまりタチバナは怒ってなどおらず、自身の勘違いである可能性もある。だがそれでも、アイシスはタチバナが今も何らかの怒りを感じていると確信しているのだった。

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[一言] 「だが、そう上手くは行かない事も、いくつかの理由からアイシスは既に分かっていた。先ず、自身が男性と共に旅をする事は難しいだろうという事。エイミーが自分達を敵視……とは言わないまでも、敬遠して…
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