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第106部分

「お待たせ致しました。昨日と殆ど同じ物になってしまいましたので、よろしければ他にも何か、干し肉等をお付けしましょうか」


 暖かな日差しを受けてぼうっとしていたアイシスに、タチバナが話し掛ける。多少不意を突かれはしたものの、考え事に没頭していた訳でもなかったアイシスは、その内容を聞き逃したりはしなかった。


「いえ、大丈夫よ。朝食をあまり沢山食べたら眠くなってしまうしね。昨日はその前の夕食を食べられていなかったから、少し多めに食べたけれど」


 アイシスがそう答える。その内容はタチバナにとって実感の湧かないものではあったが、主がそう言うのであれば、タチバナには異論を挟む気は毛頭無かった。


「かしこまりました。それでは頂くと致しましょう」


 タチバナはそう言って、二人が座る為の石の間に置かれた鍋の上にトレーを載せる。その上には、昨日の朝食にも並んだ芭玉と林檎が、計四つ皮を剥かれて置かれていた。それを見たアイシスは、先ずはどちらから食べるべきかを考える。甘味が強い芭玉よりは、酸味も含む林檎を先に食べた方が良いだろう。そう考えたアイシスは、林檎を手に取って席に座ってから口を開く。


「ええ、それじゃあ頂きます」


「頂きます」


 アイシスが食前の挨拶をすると、タチバナもそれに合わせる。この様に果物を朝食とする事は、少女にとっては馴染みのない事だったが、それが消化に良いという事や栄養的に優れているという事は、何処かで見聞きして知っていた。そして今、自分達は冒険の旅の最中なのである。道中で確保する事が出来、そのまま主食代わりにもなる果物はまさにうってつけの食料だと言えた。


 そんな事を考えながら、アイシスは林檎に噛り付く。それは紛れもなく林檎の味であったが、道中でこれまでに食べた林檎のそれぞれが、アイシスには少し異なる味わいである様に感じられた。それが果実毎の差異なのか、それとも自身の味覚の影響なのか。それはアイシスには分からなかったが、飽きが来づらいという点で見れば良い事に思えた。


「そう言えば、朝食はそれで……足りるのかしら?」


 一口目を飲み込んだアイシスが、ふと気付いた事をタチバナに問う。その途中で目に入ったが、タチバナの前にあった筈の果物は既に姿を消しており、アイシスはそこで一瞬言葉を詰まらせる。だが、その事については気にしない事にする。そう既に決めているアイシスは、そのまま言葉を続けた。


「……お嬢様が仰っていた『朝食を食べ過ぎると眠くなる』という感覚は私には分かりませんが、私も朝食はそれ程食べない事にしております。食べる量は、昼食や夕食で調整すれば良いかと存じますので」


 主の中での自身が、すっかり大食漢として定着してしまっている。その事に、当人にとっては原因不明の釈然としなさを感じつつ、タチバナは偽りなくその問いに答える。私は自身の活動に必要な分の食料を摂取しているだけであり、過剰な量の食事を取って醜く太る様な人間とは違う。そんな事を思いながらも、アイシスがタチバナをその様に見ていない事は、タチバナ自身も良く理解していた。


「成程、良く分かったわ。それじゃあ、私は食事に戻るわね」


 思ったより果物の量が採れなかった為に、自身に遠慮していた訳ではない。それが分かった事で、アイシスは安心して食事を再開する。待たせて悪い、という様な事もアイシスは言いたくはなるが、タチバナがその手の事を気にしていない事は、これまでの付き合いで既に把握していた。


 そう時間を掛けずに林檎を食べ終えると、アイシスは続いて芭玉を手に取って噛り付く。その名の通りに玉の様な形であるのに、味は殆どバナナそのものだった。アイシスがそれを不思議に感じるのは、やや細長いあのバナナを知っているが故である。この世界にそのバナナが存在するかは分からないが、どちらにせよ、芭玉を元から知る人にとっては、この形と味の組み合わせは当然のものである。そう考えると、少女は自らが異世界に来た事をより強く実感するのだった。


「ご馳走様でした」


 そうして二種類の果物を食べ終えたアイシスが食後の挨拶をすると、タチバナも頭を下げる。アイシスはべた付いた手を濡れた布で拭き取り、一つ息を吐く。美味しい物を、自らの手を用いて食べる事が出来る。それは多くの人にとっては当たり前の事だが、少女にとってはとても得難く、そして幸福だと思える事だった。


「それでは、私は後片付け等をして参ります。今直ぐでなくても構いませんが、お嬢様も出発前には水筒への補給をお忘れなき様にお願い致します」


 満足げな主の表情を確認し、タチバナが言う。


「ああ、それなら私も一緒に行くわ」


 タチバナが実際に移動を開始する前に、アイシスが即座に答える。別にタチバナの仕事振りを見ようという訳ではなく、タチバナが作業をして水場が一時的にでも汚れる前に、飲み水を補給してしまおう。その様な意図からだった。


「かしこまりました。それではご一緒に……」


 アイシスの意向を受けてそこまで言ったタチバナが、一度言葉を切る。


「いえ、その前に。お嬢様、どうやらお客様がいらっしゃった様です」

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