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第100部分

「ご馳走様でした。今度のも美味しかったわ」


 アイシスがそう言って箸を置く。本日の夕食はパン等よりも水分を多く含んでいた為か、いつもよりも自身のお腹が一杯になっている様にアイシスには感じられた。正直に言えば暫くは動きたくない程であったが、洗い物は兎も角、自分で使用した食器を従者に下げさせる様な事はしたくない。そう思ったアイシスはそれを持って立ち上がり、トレーの上に置いて席に戻る。


「お粗末様でした。お嬢様、本日はもうお休みになりますか?」


 昨日はアイシスが突発的に眠りに就いた為、二日ぶりにタチバナがそれを尋ねる。本日はアイシスが欠伸を催していた訳ではない為、それを勧める様な言い方ではないという違いはあるが。


「……いえ、未だあまり眠くないし、食べて直ぐに寝るのは良くないというから止めておくわ」


 タチバナの問いに対し、少々の思考を挟んでアイシスが答える。何処かでそんな事を聞いた事がある。その程度の感覚で言った言葉ではあったが、それを聞いたタチバナは精神的な衝撃からその動きを止める。それは一昨日の夜、自らが食後直ぐのアイシスに休む事を勧めた為であった。


「……そうだったのですね。そうとは知らず、先日は食後のお嬢様にお休みする事を勧めてしまい、申し訳――」


「いえ、気にしないで良いのよ。その日は私も眠すぎて我慢出来ない位だったし、貴方もそれを見て勧めてくれたんでしょう。というより、本当に眠っちゃうのが良くない訳であって、ゆっくり休むのは寧ろ良い事だった気がするわ。貴方は休む事を勧めただけじゃない。そもそも、貴方はそれを知らなかったのだし、それを知ってる私が寝る事を選んだのだから、貴方は全く悪くないのよ」


 タチバナが自身の過失について謝罪するのを遮り、アイシスはタチバナに過失が無い事を力説する。その言葉の中には屁理屈染みたものも含まれていたが、タチバナは主の意を汲んでそれを受け入れる事にする。


「……分かりました。新たな知識を授けて下さり、ありがとうございます」


 そう言ってタチバナがその頭を下げる。そんな事はしなくても良い、という旨の事を伝えたくなるアイシスであったが、主の役割としてそれを呑み込む。だが、いつも自分に色々な事を教えてくれるタチバナに、自身が何かを教えてあげる。その経験は、アイシスにとっては非常に喜ばしい事だった。調子に乗ったアイシスは、他にそれが出来そうな事を自身の記憶から探す為に、タチバナも聡明と認める自身の頭を必死で回転させ始める。


 それにしても、タチバナにも知らない事があったとは。いや、それ自体は当たり前ではあるのだが、今回の事に関しては、この世界でも割と知られてそうな事な気がする。なのに、博識なタチバナが何故……。そこまで考えた所で、アイシスはある事に気付く。ああ、そういう事か。今までタチバナを見て来て分かる事の一つに、タチバナの身体の強靭さがある。そして、それは胃腸についても例外ではない。


 つまり、実際にそうしたとしても、タチバナはそれで体調を崩した経験が無い。その為に、それを知る機会が無かった、或いはそれを事実として認識しなかったという事だろう。という事は、関連した事の記憶を自身の頭から探し出せば、タチバナに新たな知識を再び授ける事が出来るかもしれない。僅かな間に高速でその様な思考を辿った結果、アイシスはそれが出来そうな答えを発見する。


「……ちなみに、食べて直ぐに運動をするのも良くないらしいわよ。まあ、軽い運動なら大丈夫だったと思うけど」


 したり顔を浮かべてアイシスが言う。そしてその目論見通り、それはタチバナにとっては新たな知識であった。厳密にはその前のものも含め、タチバナはそれを書物等で目にした事が過去にはあった。だがアイシスの推測通り、タチバナは自身がそれを試しても一切の問題を感じなかった為、それを知識として記憶していなかったのであった。


「……そうだったのですね。前のものも含め、その様な事をしても私は体調に問題を感じた事がありませんでしたので、誤った知識なのかと思っておりました。ですが、お嬢様が仰るのであれば、きっと正しいのでしょう。新たな知識を与えて下さり、ありがとうございます」


 タチバナがそう言った事で、結果としてアイシスの推察の答え合わせが行われる。そしてそれは正解だったが、自らが推察した事とはいえ、生来身体が弱かった少女にとってそれは信じ難い事でもあった。


 羨ましい。ついそう思ってしまう少女だったが、改めて意識した自らの身体には何の不調も感じられなかった。


 自由に動かせる、健康な身体。結果としてそれを手に入れる事が出来た、自らに訪れた奇跡に少女は改めて感謝をする。だが、いつまでもそんな事を考えている訳にもいかない。そう思ったアイシスが無意識に下を向いていた顔を上げると、タチバナと目が合う。


「なっ!? ど、どうしたのタチバナ? そんなに見つめて」


 突然の出来事によって存分に慌てたアイシスが、やや声を裏返らせながら尋ねる。それを望んでいた訳ではなかったが、この様な想定外な出来事は、独りで過ごしていては決して遭遇する事は出来ない。頬を赤く染めて心臓を高鳴らせながらも、アイシスはそんな事を思っていた。

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