私達そんなに仲の良い間柄でした?婚約者様。
「客間良し!玄関周り良し!お茶菓子用意良し!紅茶準備良し!服装良し!魔法のベール良し!出迎え準備完了!」
一つ一つを指差しで最終確認をしたアリアは、玄関前でフフンと鼻から息を吐いた。
「完璧ですお嬢様…!二十分という短時間でよくここまで…!」
ミレーはアリアに向かって拍手をしながら喜んだ。
「私を誰だと思ってるのよ?、腐ってても公爵令嬢なんだから、二十分ちょいでの身支度なんて朝飯前だわ!」
わざとらしい高笑いをするアリアを横目に、
乳母と執事は普通の貴族はそんな短時間でお風呂に入って身支度して、更に部屋の掃除も自分でやるなんて事はしないはずでは…?
と考えたが口に出さなかった。
「で、問題はこれからよ。私が、王太子殿下の相手をしなきゃいけないっていう……王太子殿下に『二度と顔も見たくない』と言われた私が出迎えたら不敬罪にならないかしら…」
「………クソ野郎と仰ってる時点で不敬罪では……?」
「何か言ったかしら、ゴート」
「ゴホン、何でもありません。」
そんなことはいいんだよ、というような威圧をしてくるアリアの視線を避けて、公爵家の執事は咳払いで誤魔化した。
「ま、顔は呪いもベールもあるから絶対見えないはずだけどね。」
「確かにそうですが……」
ゴートはアリアの格好を確認するように眺めた。
アリアの公爵令嬢としての格好は、"貴族のお嬢様"と呼べるものではなかった。
顔に呪いを施してもらったその日から、アリアは世の女性が好むような、明るく華やかな服装を着なくなったのだ。
装飾がなく、上品な藍色や緑色等、派手にならない濃い寒色系の生地。控えめな襟飾りを使用し、胸元を決して見せることはなく、ブーケルフードやヘッドドレスを使用し、後頭部部分を真っ黒なベール、顔の部分を薄暗いベールで覆い、艷やかな髪も顔も見せないような服装を好んでいた。
パニエを着用しスカートを広げ、コルセットで胸元を強調し、レースと宝石で華やかさを見せることが流行であった貴族社会において、彼女が異端であったことは間違いない。
侍女たちや母親に淡い色のドレスや、華やかなレースの服を進められようとも、
『醜女がお洒落なんてする必要ないでしょ?興味ない。お金の無駄。』
とアリアに一蹴されてしまっていた。
「まぁ、あとは私の忍耐力にかかってるわね……」
「と、言いますと?」
呪いを唱えるかのように喋るアリアに、おずおずと執事は聞いてみた。
「王太子の暴言に耐えれなくなったら…あの憎たらしいほど麗しい顔面にアッパーをしちゃいそうで………」
恥じらう乙女のような口調で言うことではない。
「お嬢様……、せめて腹パンにしないと私共の方で隠蔽ができません…!!!」
ノウン公爵家が武人一家であるため、使用人ももれなく脳筋である。つまり、執事であっても物理で解決しようとするのだ。
「そうね……!!流石に顔に傷をつけちゃったら、お嫁にいけなくなるものね!!」
アリアが嫁に行く立場である。
「ティグレ様と、そのお連れ様が到着いたしましたー!」
門番の声が、玄関で待機するアリアの元に届いた。
「さぁ、公爵令嬢の腕の見せ所よ」
向かってくる馬車を見ながら、アリアは自分を鼓舞するように呟いた。
「アルバ伯爵子息ティグレ様、並びにご友人のパルド様。ようこそ我がノウン公爵邸へお越し下さいました。
本日は当主が遠征により不在の為、私アリア・ルーナ・ノウンがご案内させていただきますこと、何卒ご容赦下さいませ。」
アリアは馬車から降りてきた二人に向かって、まるであの時の謝罪のように恭しくお辞儀をした。
「アリア様、お久しぶりでございます。この度は貴女様の衛兵に助けていただきましたこと、感謝申し上げます。」
ティグレはアリアのお辞儀に答えるように一礼した。
「お二方とも、ご無事で何よりでした。アリスより詳細は伺っております。我が領内で事故に合われましたことは、私共の不徳の致すところ。誠に申し訳ございません。再度魔物が現れないよう、アリスを含めた衛兵を派遣しております。」
「貴女に謝罪されることではございません。魔物はいたる所に出没しますから……」
「いえ。武人の家に生まれたものとして、国民を守ることは義務でございます。」
ティグレのフォローを受け流しながら、王太子の方に視線を向けると、その瞳はアリアを睨んでいるように見えた。
汚物を見下すような冷酷な視線を向ける相手から話を振られたら、王太子はどんな反応をするのだろうか。
そんなことが気になったアリアは明るめの声色で話し始めた。
「ティグレ様のお隣の方が、ご友人のパルド様でよろしかったでしょうか?
お初にお目にかかります。ノウン家の長女、アリア・ルーナ・ノウンと申します。
以後お見知りおきを。」
アリアは王太子の方へ向きを変え、会釈した。
「………」
アリアの挨拶が気に入らなかったのだろうか。
パルドと呼ばれた王太子はアリアに向けて何も言葉を発せず、会釈だけした。
「すっ、すみませんアリア様!コイツかなり人見知りでしてっ……!!」
ティグレが王太子の無礼を庇おうと慌てて喋った。
「いえ、問題ありません。私の方こそ、大変な目に遭ったお客人をお部屋に通さず長話をしてしまい申し訳ありません。客間に温かい紅茶と菓子をご用意しておりますので、ご案内させていただきます。」
さも気にしていない様に、アリアは客人に背を向けて公爵邸を案内し始めた。
ティグレの焦ったぁー、という感情が溢れんばかりの溜息は、アリアの耳元にまで聞こえていた。
「先程、遠征先の父と兄に連絡を入れましたので、もう間もなく着くと思われます。それまでこちらの部屋でごゆっくりお過ごし下さいませ。」
客間に到着するや否や、これで私の役目は終わりだと言わんばかりに、アリアは客人に一礼してその場を去ろうとした。
「待て。」
ティグレの様な穏やかな男性の声ではない声色が、客間に響き渡った。
「……なんでしょうか」
足を止めて、アリアは振り返った。
「ノウン公爵令嬢、今日はお前に話があってここに来た。」
自分を醜いと言った口が、嫌な音で言の葉を紡いでいた。
「………それで、ご要件とは何でしょうか?、王太子殿下。」
一息ついて人払いを済ませた後、アリアはティーカップをソーサーに戻しながら王太子に話しかけた。
「なんだ、気付いていたのか。」
「王家独特の金髪に銀眼……
ティグレ様と同じ様な装いでありながらも、
生地に素材そして作り方も最上級のお召し物を身に着けてらっしゃる時点でもうバレていますわ。
お忍びでしたらせめてその麗しい瞳の色を変えては如何です?」
アリアは淑女らしく首を傾げ、微笑んでいるかのような表情を身体を使って表現した。
「…まさか引き籠もりの貴女に指摘されるとはな、次の参考にしておこう。」
「王都からあまり出てこない世間知らずな殿下よりは博識でしてよ。是非、次回は気付かれないようお出掛け下さいませ。」
二人は穏やかな口調で話しているものの、部屋の中は吹雪いているように凍てついている。
この背筋が凍る雰囲気に耐えきれなくなったティグレが必死に作り笑いをしながら口を挟んだ。
「レオナルド!そろそろ本題に入ったらどうだ?アリアちゃんに頼み事があったんだろ?」
「まぁ、王太子殿下が私の顔を見に来ただけでも嵐が起こりそうなのに……、明日は雹が降るのかしら?」
アリアのわざとらしい嫌味に眉間を皺に寄せながら、王太子は重い口を開いた。
「……来週、母上の誕生祭があるだろう?」
「存じております。王妃殿下にはいつもお世話になっておりますから、今年もご挨拶にはお伺いさせていただくつもりですわ。
勿論、王太子殿下にはお会いしないよう、努めます。」
アリアは年に二回だけ、舞踏会に出席する。
それが、国王陛下の誕生祭と、王妃の誕生祭である。参加すると言っても、国王夫妻にお祝いの挨拶をして帰るだけで、王太子にはあの時以降、一切顔を見せていない。
今回は王太子が成人して初めての王妃の生誕祭であるから、自分には来ないでほしい…と言うことなのだろうか。
アリアは王太子が次に紡ぐ言葉を想像しながら、紅茶に口をつけた。
「私のパートナーとして出席し、一緒に踊って欲しい。」
アリアは紅茶を危うく吹き出して、王太子にかけるところだった。






