またしても悪役は貴女ですね、公爵令嬢。
「………、もう一回、聞くんだけど、……本当に『王太子殿下の恋人は平民』の次巻が出たの……?」
街中で立ち話もなんだから、という理由で本屋の読書スペースに移り、三人とも席についたところでアリアが口を開いた。
「出たね。証拠に、要らないっていったのに一冊だけでもってごり押しされたのがコレ。」
店主は桃色の表紙が目立つ冊子を机の上に置いた。
「ああ……、かんっっっぜんにあの本だわ。見た目からしてあの本のグレードアップ版って感じ……。」
アリアは達観したような顔で、前回の売上の良さからなのか、表紙に箔押しの装飾が追加された可愛らしくファンシーな本を眺めていた。
「だが………、あの小説は王太子と主人公の結婚式で、二人はその後幸せに暮らしました。っていうハッピーエンドだったじゃない、ですか。どうやって続きを作ったん、でしょう……?」
たどたどしく使い慣れない敬語を使いながら、王太子が疑問を述べる。
「それは………、まぁ、うん。………読めばわかるよ。」
何だが半分投げやりのような店主の言葉に首を傾けながら、二人は本を開いて読み始めた。
「………、なんだこれ。」
「……いや、本当に何なの?、は?、」
王太子とアリアは本の頁を捲りながら訳がわからない、とでも言いたそうな顔で文句を口に出していた。
「………服毒処刑された公爵令嬢の遺体が消えた、っていう所から始まって?、死の淵から公爵令嬢が闇の力で蘇って婚約した二人に襲いかかるって……、もうこれ……、もはや………」
「恋愛小説というかホラー小説じゃないか?」
「そう、それ!、というかなんかもうわたしが闇の帝王みたいな書き方されてるから光VS闇の戦いみたいになってるのよね。」
綺麗に完結した物語が好評だった為に予定外の続きを作ったというのが見え隠れしているような小説に二人は頭を悩ませながら読んでいた。
『王太子殿下の恋人は平民』の次巻である『王太子殿下の婚約者は元平民』は、王太子殿下を刺した事件の黒幕である公爵令嬢が、王太子の慈悲によって断頭台にて首を刎ねられるのではなく、服毒する刑を執行された所から物語が始まる。
数々の悪行を尽くしてきたにも関わらず、悪役令嬢は毒を飲まされる寸前まで恨みつらみを吐き散らし、醜い顔を更に醜悪なモノへと変えながら死んでいった。
が、荼毘に付す前に遺体が突然消えてしまうという事件が起こるのだ。
その不安と、王太子殿下を守りきれなかったという罪悪感から元平民である伯爵令嬢の主人公は、勲章授与式にて王太子から求婚されるも、頷くことができなかったらしい。
「………というか、この王太子がご令嬢に求婚する流れが、レオナルド王太子がアリア公爵令嬢様に求婚した流れにそっくりなん、ですけど……。」
小説の王太子も、アッパーを食らってはいないものの、求婚を跳ね除けられた後に半年間の猶予期間を貰い、あの手この手で結婚してもらおうと奮闘している。
その内容全て自分がアリアに行ってきたモノと酷似していることに(肉体改造は含まれていなかったが)王太子は複雑な感情を抱いていた。
「そうよね……、お嬢様悪役のはずなのに、なんでこの事件が使われてるのかしら………。」
「うーん……、前回のも少し現実に近づけていたから、現実に近づけた形の方が良いと判断したのでは……??」
「確かに……、この前のも現実に似たりよったりな内容だったのよね……、でも……、あれ……?」
アリアは右手で文章を追うようになぞりながら、何かに気が付いたようにゆっくりと呟いた。
「何で、フィリップ殿下とアウローラ王女殿下の話が、載っているの……?」
「え………?、」
アリアが放った予想外の言葉に驚いた王太子は、アリアの手に添えるように手を近づけながら文字を目で追っていく。
そこには、王女様がお忍びで行った森で出会った運命の人が、誕生祭で自分の婚約者である隣国の王子様であったことが書かれていた。
「……ご主人、この本が発行された……、又は押し売られた日はいつ頃ですか?」
「え……?、ああ、確かアウローラ王女殿下の誕生祭の少し前だったので、二週間位前ですかね。王都で販売されてからこの領地に売り出しに来てると思うので刊行日はもっと先でしょう。」
「なるほど………、こっちが先か……。」
店主の答えを聞いた王太子は、少しだけ眉を顰めた。
アウローラがフィリップと森の中で出会ったのは大体二週間前の出来事である。
それが、この本に描かれていたのだ。
そして、王女がお忍びで森へ行った事と、隣国の王太子と森の中で出会って恋に落ちたという二つの事実を知るものは、当事者二人とレオナルド、アリア、ティグレ、ファヴィオの六人しかいない。
アリアは当事者以外の自分を含めた四人が情報を漏洩するとは到底思えなかった。
というか、誕生祭やらアウローラ様の恋煩いやら公務等に追われていた私達にそんな暇はなかったと断言できる。あれは酷かった。頑張っても書類の山がなくならなかった……。
そうなると、考えられるのは………
「予言、なのか………、それとも、そう仕向けられたのか………。」
「……何とも言えないな。宮廷魔術師殿にでも相談した方が良いかもしれませんね。ご主人、この本を私に売っていただいても宜しいですか?、王太子殿下にご報告させていただきたいので。」
「あぁ、構わんが………って、王太子殿下に報告??」
「ええ。将来妻になる方をこのように侮辱されたり、妹君まで小説のネタに使われて黙っていられる方では御座いませんので。」
王太子殿下としての接客スマイルを遺憾なく発揮したレオナルドの表情は、美しいが何処か怖さがあったため、アリアは誰が妻になるか!!と叫ぶのを忘れてしまった。
「……この本屋は実に見事な蔵書ですね。異国の歴史物や兵法書も揃えているなんて……。」
レオナルドは本の会計を済ませながら、公爵領で一番大きい本屋の中を見渡すように眺めていた。
図書館とまではいかないもの、二階建てを吹き抜けにした壁全てが本棚で埋め尽くされている空間はとても充実していた。
「代々の公爵様が幼児に無償で読み書きを教えてくれているお陰でお客さんが耐えないからね。ここには騎士見習いとか兵士さんとかも来るから、武術関係とかも多く売れるのさ。」
「確か、三公の領地では教会や孤児院で読み書き計算を無償で教えていましたよね。素晴らしい行いだと思います。王都でも着々と無償化をすすめてはいますが、なかなか……。」
「あぁ、王都の方が人口も多ければ貧富の差も激しいものね。先生方も貴族出身の方が多いだろうし、平民に教えるのには抵抗がある方が多い、とか問題もありそうで大変かもね……。」
アリアがつらつらと述べていく王都の問題点に、王太子は目を見開いた。
「凄いな……、君の観察眼は鋭すぎないか?」
「王都の性質を理解すれば何となくわかることでしょ。」
そんなに褒めることじゃないのでは?、と言いそうな目で訴えるアリアと王太子のやり取りを見ていた本屋の店主は、仲が良くないと言う割には仲が良すぎるのではないかと、思わず笑ってしまった。
「ふぉっ、ふぉっふぉ……、いやぁ、悪い悪い。年寄りになるとツボが浅くなるみたいで。……読み書きの授業を無償で行うのには時間がかかるのなら、絵本の読み聞かせとかから始めるのはどうかな?。」
「読み聞かせ、ですか?」
「そうだ。さすれば読み書きできるものであれば誰でも出来るから、人材は多くとれるし、何より本が面白いことを子供たちに教えることができるしな。」
それであれば今すぐにでも出来るかもしれない、と考え込む王太子を見て、店主は微笑んでいた。
「最初に始めるのなら、絵が綺麗な………!、そうだ、コレなんかどうかな?」
本屋の店主は目立つところに置かれていた本を一つ手に取り、二人の目の前に差し出した。
「えっと……、『呪われたお姫さま』……?、見たことないんだけど新しい絵本なの?」
頭をベールで覆った美しいお姫様が描かれている表紙をアリアはまじまじと見ながら尋ねている。
「そう!、王都で流行ってたのを取り寄せたんだけど……、今や公爵領で一番人気の本だね。」
「へぇ、すごい。どんな内容なの?」
「そうだねぇ………、」
店主は少し考え込んだあと、にこやかに紹介し始めた。
「さっきのがお嬢様を貶す本なら…………、
これは、お嬢様が主人公で見目麗しいお姫様に書かれている……、
うん、物凄く素敵な本さ!」
「は?」
アリアは本屋のおじさんが言っている内容が理解できなかった。




