何でここにいるんですか、王太子殿下。
「避暑地にいらっしゃるのだとばかり思ってたんですけど。」
露天席の前で突っ立つ王太子に、とりあえず他のお客様の邪魔になるのでと言葉を添えて自分の向かい側に座らせたアリアはため息を吐くように言葉を述べた。
「行く前に君に会いたくて。」
まるで離れ離れになる恋人に向けるような顔で言われたアリアは思わず吐きそうな顔をしてしまい、表情が見えなくてよかったと安堵した。
「……なら公爵邸を訪ねればいいでしょう?、」
「訪ねたけど、君が街に出ていると聞いたから探しに来たんだ。」
「護衛の方は?」
「邪魔になるし目立つから公爵邸に置いてきた。」
「はい?、」
王太子からなんとも間抜けな答えが返ってきたアリアはわなわなと怒りに身体を震わせた。
「……貴方、この国の次期国王であるという自覚はあるんですか!?、王太子殿下ともあろうお人が護衛も付けず街を出歩くだなんて、何を考えるんですか。」
「いや……、ノウン公爵領は王都よりも治安がいいとも謂われている場所だろう?、だから……」
「だからとかでもじゃありません!!、庶民なら襲われないかもしれないですけど、貴方は違うでしょう!?、」
王宮で蝶よ花よと育てられた王太子の危機感の無さにアリアは指をさしてお説教をし始めた。
「そもそも、貴方様は最近公爵領に来るたび魔物に襲われているのだからもっと警戒するべきなんですよ?、魔物よりも人間のほうが厄介なんですから…………」
「アリスちゃん、おまたせ~!!、新メニューの馬鈴薯のニョッキ、ポモドーロ仕立てと、カルボナーラ風の二つ持ってきたよー!!」
が、言い終わる前に宿屋の店主が朗らかな声でテーブルに茹でたてのニョッキを並べたため、途中で遮られてしまった。
「あれ、見かけない顔の方が………、!、もしかして、アリスちゃんの……」
「王国近衛騎士の方だそうです。何でも王太子殿下のお使いだとか。」
店主に余計なことを言われる前に、アリアは王太子を紹介した。
浮かれていた店主だったが、アリアの紹介を聞いた後は興奮が冷めた面持ちになり、王太子を哀れむように眺めている。
「ああ……、あの王太子から厄介事でも頼まれてわざわざ……。大変ですねぇ、」
「?、いや、そんなことは………」
「そんなわけでおじさん、カラトリーセットをもう一つと、小皿をお願いできる?」
「はいよ!、」
アリアは王太子の話を遮るように店主を遠ざけた。
「それで、お嬢様に何の用だったんですか?」
ニョッキを二品とも別々の小皿に取り分けて王太子にカラトリーと共に渡した後、アリアは用件を聞きながら食前の祈りを簡単に済ませて食べ始めた。
「リッジュ家から今年は豊作だったと、オレンジを献上されたのだが、あまりの量だったのでお裾分けに………、」
王太子の口からまさかご近所付き合いで聞きそうな言い分が出てきたのにアリアは驚いたが、なにか別の話の建前ではないかと言葉の続きを待っていた。
「というのは後付けで、ただ君の顔が見たかったんだ。」
「私の顔は貴方様には見えませんよね?」
今はお忍びで街にアリスとしてやってきているためベールはしていないが、呪いの性質上アリアの顔は王太子には全く見えないはずである。
「……………、君に会いたかったと言いたかったんだ。」
上手く言葉を汲み取ってもらえなかった王太子は少しふてくされていた。
「私に?、この前会ったばかりじゃないですか。あ、美味しい。」
「これから避暑地に行ったら君に最低でも一週間は会えなくなるから………って、私の話聞いてないな?」
アリアは王太子の方など見向きもせず、ニョッキを美味しそうに頬張っていた。
「だってコレ、ものすごく美味しいんですよ!?、馬鈴薯って凄いわ……!!、」
「馬鈴薯って……、ああ、公爵領で輸入したのを昨年から栽培し始めたとか………」
「そう、最近やっと品種改良が終わって定着しはじめてきたんです。南西大陸の高地で玉蜀黍と共に主食として食べられているそうで、寒くても育つので………って、そんなことはいいから馬鈴薯で作ったニョッキ!!、温かいうちに食べてください!!」
このまま馬鈴薯について語っていては冷めてしまうと冷静になったアリアは、まだ手を付けていなかった王太子にニョッキを勧め始めた。
「ニョッキは普通小麦粉で作るんじゃないか?、アレ、かなり味が染みにくくてそこまで………」
「騙されたと思って、ホラ!!!」
押しの強いアリアの圧に負けた王太子は渋々ポモドーロ仕立てのニョッキを口の中に入れた。
「………………、美味しい!。」
「でしょう!?、」
目を輝かせた王太子の顔をアリアは嬉しそうに眺めている。
「味も染み込んでいるし……、なにより小麦粉にはない弾力が旨いな。それに、このソース?、が凄く美味しい……。」
「そうなの!、そっちのソースに使用しているトマトも最近栽培し始めて、夏が旬だからとっても美味しいの。旨味が凝縮されてて酸味も効いてて、バジルやチーズとかと合うのよねー、」
「なるほど、パスタやリゾットとか……、他の味付けの選択肢も広がりそうだな。このニョッキもカルボナーラの味にも合うし……、凄いな。」
王太子は一つ、また一つとニョッキを口に運んでいた。
「冬場は小麦が生産できないから、飢饉を防ぐためにもその代わりになる作物を……、と思って馬鈴薯を栽培したの。焼くだけでも美味しいのだけど保存食も作れれば良いなと思って、宿屋のおじさんとかに協力してもらいながらニョッキにしてみたのよ、まさかここまで美味しくなるとは……。」
王太子はうきうきと語りながら頬張るアリアの楽しげな顔が目の前にあるような気がして微笑んだ。
「君は、領民たちの事を第一に考えているんだな。凄いよ。」
「え、」
ニョッキを褒めるのかと思いきや、自分を賞賛されたアリアは、驚きのあまり食べすすめていた手を止めてしまった。




