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アポぐらいとりましょうよ、王太子殿下。

本を預かったアリアは、宿屋の厩から自分の愛馬を連れ出していた。


「おじさん、いっつも預かってくれてありがとね。これ、お代。」


そう言ってアリアは宿屋の主人に銀貨一枚を差し出した。


「これはっ!!アリスちゃんいくらなんでも多すぎだよ!」


「いいのいいの!いつも預かってもらって、手入れまでしてくれてるのに銅貨三枚しか受け取ってもらえないんだもん。来週結婚記念日だったでしょ?奥さんへの贈り物の足しにして!」


主人の手から銀貨を離されれないように、アリアは両手でグイグイと押し付けた。


「そこまで言われたらなぁ…、わかったよ、その代わり次はウチで飯食べてきなよ!サービスするからさ!」


豪快に口角を上げる宿屋の主人につられて、アリアはニッコリと微笑んだ。


「もちろん!沢山食べるから覚悟してね!」



アリアが馬に跨り、宿屋の主人に別れを告げようとしたその時……



ドカン、という衝撃音と共に馬の悲鳴が響き渡った。



「!、今のは公爵邸に繋がる街道から…?」


アリアは音が発生した方へと馬の向きを変えた。


「でも確か…あの道は魔物が出るから封鎖されていたよな…?」


「魔術師に頼んで結界も張っていたのにっ…、おじさん!憲兵に報告して街道に向かわせて!私は先に行ってるから!」


アリアは馬を走らせ始めた。


「わかった!無理はするなよ!!」


アリアは宿屋の主人に向けて手を上げながら街道へと進んでいった。





アリアは黒馬で街道を勢いよく突き進んでいた。

王都から公爵邸へ行くことのできる街道は二つ存在している。そのうちの一本であるこの道は、距離が短いため時間を節約できるものの、山や崖、森の中を通る道路であることから魔物や獰猛な獣が出やすい。

そのため、魔物が討伐されるまでは魔術師に結界を張らせ、当該地域を封鎖することも少なくない。

今回も公爵邸付近の森で魔物の出没情報があったため、結界により封鎖されていたのだ。


それなのに…、結界内で衝撃音がしたということは、何者かが結界を意図的に壊したのか、あるいは魔物が結界を破ったのか……。


「何にせよ、負傷者が出る前に辿り着かないと…!」


馬の脇腹を足で押し、一層速く走るよう促した。






怖い、怖い、こわい、こわいこわいこわいこわいコワイ…!



馬を切り裂いた鋭い爪には、馬の皮膚の一部が付いたままだった。魔物は熊のような出で立ちでありながら、その二倍以上の図体を両足で支えて、馬車の護衛であった男の前に立っている。


男は尻もちをついたまま、魔物の前から逃げることができずにいた。脳が恐怖で思考を停止してしまったのだ。

馬車が横転したことも、馬車の中にいる主人を護らなければいけないという事さえ、男は考えられなくなっていた。


馬の骨を切断した爪が、男に向かって振り落とされた。


ガチン


攻撃を受けたはずなのに痛まない身体に不思議を覚えた男は閉じていた瞼を開くと、目の前に魔物の攻撃を剣で受け止めている灰色の髪の女性がいた。


「間に合った!!よかった!」


アリアは顔を男に向けて、安心させるために軽やかに微笑みながら声をかけた。


「大きな怪我は無さそうね、動けそうだったら馬車の方に逃げ…」

「グルオオオオオオオオ!!!」


攻撃を受け止められた怒りからか、魔物は雄叫びを上げながらアリアに向けて空いている腕で襲いかかった。


「人が会話している最中に割り込んでくるだなんて……」


アリアが言い終わる前に、魔物はアリアを切り裂いた……



はずだった。


魔物が腕に視線を向けると、振り下ろした爪はアリアではなく地面に突き刺さっている。


「礼儀がなってないな」


そんなアリアの声を聞き終える前に、魔物の頭は身体から切り離されていた。


魔物の攻撃を飛んで躱したアリアは、方向を変えて魔物の背後に回り込んで首を切り落とした後、着地したのである。


「結界を破壊したツワモノかと思ったのに…、残念。」


溜息をつきながら剣に付いた血を振り払い、鞘へと仕舞っていくアリアを、男は眺めていることしかできなかった。


「大丈夫だった?!何があったの?」


自分の方へと駆け寄ってくるアリアに尋ねられたことにより、我に返った護衛の男は事の顛末を語り始めた。


「はっ、はい!えっと公爵邸に用事があり…街道を通っていたのですが、森に入った後、この魔物に襲われて、馬が……!、そうだっ、馬車…!!!」


男は馬車に向かって慌てて走り始めた。


「ティグレ様!レ……パルド様!!ご無事ですか!?」


自分の主が脱輪して横転した馬車にまだ乗っていたことを思い出したのである。


「ティグレ……?、ティグレってあの…!!王太子殿下の従者だ!!」


聞き覚えのあった名前が出たことに慌てたアリアも馬車へと駆け出した。


男が横転した馬車の扉を開けるために馬車へよじ登ろうとした時、大きな音を立てて扉が開いた。

中から出てきたのは、金髪銀眼の麗しい顔を持った青年であった。


「は?」


アリアはその顔を見た瞬間、思わず心の声を一言漏らしてしまった。



はあああああ!?!?なんで、何で、ここに王太子殿下がいるのよ!!!!





「レオ……じゃなかった、パルド様…!ご無事で何よりでございます。この度は私の力不足により救出が遅くなりましたこと、誠にお詫び申し上げます。」


男は膝を立てて、パルドと呼ばれた王太子に詫びていた。


レオナルドのレオまで言っちゃってるじゃん!!隠せよ!お忍びならちゃんと隠せよ!!!というかなんで??え?金髪銀眼を隠さないでお忍びなの?変装しろよ…、じゃないと『私は王族ですけど、なにか?』って主張してるようなものでしょーが!!


「そこの女、お前がコレを倒したのか?」


王太子に尋ねられてようやく、自分が脳内で葛藤しており、呆然と立っていた事に気付いたアリアはすぐさま膝を付いて敬意を示した。


「はっ、左様に御座います。この度は救護が遅れてしまい、申し訳ありません。すぐに憲兵が到着すると思いますので、今暫くお待ちくだ……」

「あっ、アリスちゃんじゃん!ひさしぶり~!」


ひょこっと馬車から男が出てきた。


「ティグレ様、お久しぶりでございます。」


アリアは自分に向かって気さくに手を降る男ティグレに顔を向けた。


「なんだ、お前の知り合いか?」


「そうそう、公爵令嬢の衛兵さん。助けてもらったところ悪いんだけど、もう一つお願いしていい?」


「何用でしょうか?ティグレ様は明日、公爵邸に来られるとお伺いしていたのですが…?」


ティグレは王太子の従者であり、アリアの王妃教育の報告をする役目を担っていたため、月に一度ほど公爵邸に赴いていた。


「それが今回は俺じゃなくて、王太…んんっ、パルド様が急用で公爵邸に用事があってこの街道を通ってきたんだよね。それで、もうあの馬車じゃ公爵邸に行けないから、馬車をお借りしたいんだけど…、大丈夫かな?」


は??王太子が公爵に用事?アポも取らず?急用?

……もしや、婚約破棄!?やった夢が叶うぞ!!


そんなことを瞬時に思い描いたアリアは食い気味で

「喜んで仰せつかります!!」

と答えてしまった。




憲兵に王太子とティグレ、護衛を任せた後、アリアは公爵邸へと馬を走らせた。


「ミレー!!!、ゴート!!いる!?」


アリアは公爵邸の扉を開けてすぐ、自分の乳母であり侍女長のミレーと、父の執事であるゴートを呼んだ。


「何用でございましょうか?」


執事はアリアが自室に向かっていくのを妨害しないよう、後に付きながら尋ねた。


()()()が来るわ!!家を片付けてお迎えできるようにして!あと料理長にお出しできそうな菓子と、最高級の茶葉を用意するように!!」


「アイツとは……つまり、」


執事は生唾を呑んだ。


「そうよ…、私の天敵よ。急用で公爵邸に用事があるとの事で、さっき魔物に襲われて馬車が駄目になっていたとこに居合わせちゃったのよ。それで、馬車を手配するよう言っておいたからあと二十分程度で到着されるわ。お父様とお兄様は?」


「残念ながら、お嬢様……」


「何?どうしたの?」


「お嬢様以外、公爵家の皆様は出掛けております。」


「なんてこったい……」



急用でお忍びであろうとも、アポぐらい取ってほしかった…と嘆いたアリアであった。



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