アリアの姿をとくと見よ!、王太子。
「失礼いたします、」
膝の痛みを何とかこらえながらアリアに対して入室の許可を出した王太子は、配膳車と共に入ってきたアリアが自分が贈った服を身に着けていることに驚き口が塞がらなかった。
「……………、」
「夕餉の席にご出席なさっていなかったので、食事をお持ち致しました。差し支えなければ、こちらの机にご用意させて頂いても?」
仕事用の机の前に置かれた寛ぐときに使用する机と椅子を指差して尋ねるアリアの声で王太子は我に返り、
「ああ!、勿論。お願いしたい。」
と慌てて返答をした。
ブルーグレーのドレスに、真珠の帯飾り。その二つに合うように作られた同じブルーグレーの生地を真珠で彩ったヘッドドレスの下から、乳白色のベールに覆われてはいるものの降ろした白銀の艷やかな髪が揺れている。
真っ黒なベールで覆われていた時には見えなかった麗しい髪と、食器を並べる艷やかで陶器のように白い手に、王太子は目を離せなかった。
「…………、王女様方や王妃殿下とご相談しながら、ドレスを選んでくださったのだと伺いました。」
食器が机に置かれる音だけが響いていた部屋の沈黙を、アリアの声が破る。
「とても素敵で高価なものを七着も戴いてしまって……、何とお礼して良いのか……、」
「……いや、いいんだ。これはアリアに贈りたくて贈った私のエゴだから、お礼をしてもらうことじゃない。……それに、この十年間、君には何も贈り物をしてなかっただろう?、君からは、誕生日に色々と貰っていたのに……。」
「でも、直接お渡ししたのは一度きりで、王太子殿下のお気に召すものではなかったでしょう…?」
「……アレは私が悪かった。だが、その後も君はノウン公爵家からとして贈ってくれていただろう?、いつも公爵家だけ贈り物の品が一つ多かったから……、」
「あ、バレてたんですね。」
王太子は婚約してから一度だけ、アリアから直接贈り物を貰っていたが、その時にクッキーの時と同様の態度を取ったのだ。
何だったかはもう覚えていないが、アリアの目の前で、壊して捨てた。
その後、アリアは王太子の前に姿を現すこともなくなり、王太子は婚約者の事を徐々に忘れていった。
けれど、アリアは婚約者を忘れず、毎年王太子の誕生日に贈り物をしていたのだ。
また捨てられてしまうと理解はしていたが、嫌われていても自分の婚約者で、将来国王になる人である。そんな人の生まれた日を知っているのに祝わないという事がアリアにはできなかった。
そのため、毎年王太子殿下に対してノウン家から贈るお祝いの中に一つ、自分で誂えたモノを忍び込ませていた。
馬に乗るのが楽しいと噂で聞いたときには使いやすく手に馴染む馬具一式を。
模擬戦で優勝したと聞けばすぐに装着ができる帯刀ベルトを。
執務中に使えるようにと書きやすいペン軸とペンをいくつか贈ったこともあった。
「一応、婚約者でしたから。誕生日をお祝いしないわけにはいかないでしょう?」
アリアは夕食を机に置き終え、ご用意ができましたと付け足した。
「……その発想でいくと私は婚約者を何も祝わなかったクズ、だな……。」
ありがとうと礼を述べながら王太子は食事の置かれた机の前に座った。
「でもまぁ……、嫌いだったら仕方ないんじゃないですか?。というか、今こうして沢山戴いたので、私の方が罪悪感がすごいです………。」
「なぜアリアが?」
「だって、これ真珠何個使ってるんですか!?、というかそもそも生地が最高級のビロードですよね!?、一着セットだけでも私が王太子殿下に贈った品々の合計金額超えません!?」
「別に大した額じゃない。私の貯金から出したから、国庫には響いてない。それに、貯金の十分の一も使ってないから気にしないでくれ。」
「貯金の十分の一も使ってない???????」
王太子の貯金額は一体、幾らなのか。
アリアはあまりにも莫大な金額を大した事がないという王太子のせいで、脳内の罪悪感が吹っ飛び、困惑一色になってしまった。
「それに、贈り物は気持ちだろう?。金額なんて気にしなくていい。そもそも金額を気にして購入してないから。」
「……金額を、気に、して、ない??」
「ああ。実は先週のお茶会の後、アウローラとイアーリアにこっぴどく怒られてな………、それで、せめて十年分以上のものをアリアお姉様に贈れ!!と。」
フリーズするアリアを他所に、王太子は食前の祈りを済ませてから黙々と夕食を食べ始めた。
この十年間、アリアに対しては何も贈り物をしていなかった事が妹達にバレたレオナルドは、一日中怒鳴られた。
アウローラとイアーリアに親愛の意を示し、誠意を尽くしてくれるアリアを王女達は慕っており、いつか本当の姉になる日が来るのを待ち望んでいた。それなのに、自分たちには優しい兄がそんなアリアに対して杜撰な態度を取っていたという事実が許せず、今からでも挽回しろと言わんばかりに騒ぎ立てたのだ。
「それで、まず手始めに母上や妹たちに協力してもらって、君のドレスを何着か選ばせてもらったんだ。君が来るまでに揃えたかったから、オーダーメイドではなくて既製品なのが少し残念だけど。」
「はあ、」
美味しそうにメインディッシュを頬張りながら喋る王太子に対して、金銭感覚の違いで頭が故障してしまったアリアはちゃんとした相槌すら打てなくなっていた。
「………気に入ってもらえたかな?」
「!、それは………、あの……、」
アウローラに褒めてもらい、勇気づけられたとしても自分が気に入って素敵だと思ったと言うことに躊躇いを感じたアリアは言葉を飲み込まないように、ゆっくりと息を吐いて呼吸を整えてから、王太子の質問に答え始めた。
「………ええ、好きです。」
「!!、」
「七着とも、本当に綺麗で素敵で、気に入ったので……、王太子殿下にお礼をと思って、今、お伺いさせてもらったんです。本当に、ありがとうございます。」
「ああ!、ドレス!!、うん、良かった!!」
一瞬想い人から告白されたのかと錯覚してしまった王太子は少しむせ返りながら、自分の勘違いを訂正するように慌てて言葉を発した。
「うん、君の髪色や肌の色に似合っていて、仕立て屋に見せてもらったときよりも素敵だ。」
「そう、ですか……、あ、ありがとうございます…。」
少し頬を赤らめながらも自分を一心に見つめる王太子の褒め言葉に、なんだか恥ずかしくなったアリアは王太子から少し顔を横に回した。
数分の間、王太子が黙々と食事をする音だけが部屋に響いていた。
この気まずい雰囲気に耐えられなくなったアリアが辺りを見渡すと、王太子の机の上に大量の書類が積み上がっているのが目に入ってきた。
「……まだ、仕事終わってなかったんですか?」
「え?」
「机に書類が積まれていますし、夕食の席に来なかったじゃないですか。だから、あの書類まだ終わってないのかな、と。」
「………察しがいいな。」
食べ終えたレオナルドは、口周りをナプキンで拭きながら苦い顔をして呟いた。
「今日はティグレが休みで……、ファヴィオも早めに帰ったので、通常業務分しか捌けてなくてな……、外交関係とか誕生祭分のモノをまだ行ってる最中なんだ………。」
「なるほど……。あの二人がいないと確かに仕事終わらないでしょう、ファヴィオとかあんなにヘラヘラしてるけど仕事はできますもんね。」
「そうなんだよ……、ファヴィオもティグレもおちゃらけているものの仕事は早いんだ……。」
陽気で主にかなり毒を吐いたり悪戯をする二人だが、仕事の出来映えと素早さは天下一品である。
かなり悔しがる顔をする王太子を見て、アリアはふむ、と考えながら提案を持ちかけた。
「なら、私が手伝いましょうか?」
「え?」
何を言っているのか理解できていない王太子に対して、アリアはもう一度口を開いて、言葉を述べた。
「王太子殿下のお仕事を、私に手伝わせてくださいませんか?」




