一週間顔合わせるとか無理では?、私達。
「おはようございます、お嬢様。」
アリアの侍女であるグレタは部屋をノックした後、扉を開けて恭しくお辞儀をした。
「おはよう、グレタ。今日は早いわね、まだ髪が終わってないから少し待っててくれる?」
アリアは鏡台の前から動かずに挨拶に応え、髪を梳かして結わえようとしている。
「……普通のお嬢様でしたら侍女が起こして着替えを手伝う時間なので、それに合わせて参りました。」
ここは王宮なので、と付け加えながらグレタはアリアの元に歩いてくる。
「あー、そっかぁ。王宮の来賓者が自分で身支度終えて侍女を使ってない、ってなると大騒ぎになりそうだもんねぇ。」
アリアは会話をしながら手際よく髪を編み込み、いくつかの三編みを纏めて結わえていく。
貴族は本来、朝の起床から着替えまで侍女や使用人を何人も使って身支度をしていく。
洗顔、髪結いやドレスへの着替えすら人の手を借りて行うのだ。
だが、ノウン家では少し違う。
代々続く将軍家であるため、いついかなる時でも、何事にも対応できるよう、一人で身支度等を出来るように仕込まれているのだ。
そのため侍女や使用人は最低限の人数しか付かず、社交界へ出かける時以外の服装は自分で着替えることが多い。
アリアもノウン家の令嬢であるため、大凡の髪結いは一人でこなすことができ、コルセットをきつく締める服装でなければ自分で着替えてしまう。
現に、グレタが訪れた時には質素なドレスに着替えて髪結いが終わる最終段階まで支度を済ませていたのだ。
「既に公爵令嬢のお付きのものが私一人だけ、ということで王宮の使用人たちは騒ぎ始めてますよ。」
「あ、そうなの?」
「『一人だけだなんて、ものすごく優秀な侍女なのでは?』と、」
髪を結わえ終わったアリアに手際よくベールを渡しブーゲルフードを用意しながら、グレタはフフンと鼻を鳴らすように微笑んだ。
「へぇー、よかったね。」
「……、本当に良かったと思ってます??」
「思ってます思ってます。というかそもそもグレタ優秀でしょ?」
「まぁ、それはそうなんですけどね!!」
機嫌が良くなったのか、むすくれていた顔からえっへんと威張るようにグレタは胸を張っている。
乳母のミレーと共にアリア付きの侍女であるグレタはミレーの娘であり、アリアとは正反対と言っていいほど自己肯定感が強い。
前向き思考で明るい自信家であり、自信に伴うだけの能力を持っている侍女である。
「それで、朝食は何時だって?」
「七時半から第三応接室で、だそうです。王太子殿下が迎えに来るそうですよ。」
「げ、………来なくていいのに。それでなくても朝晩と顔を合わせなきゃいけないんだからさぁ……!!!」
「昨日約束をしてしまったんですから、無理でしょう。観念して受け入れましょうよ、」
「これが一週間か………、ツライな……。」
王宮へと来た昨日、王太子から朝食を共に取りたいとの申し出があった。
昼間はアリアがアウローラ王女の礼儀作法や外交についての講義をするため、王太子がアリアに会うことは難しい。夕餉に至っては国王夫妻とそのご子息達全員、つまり国王一家と夕食を共にすることが決まっている。
一日一回、一対一で話し合う時間が欲しいと懇願され、半時も部屋に居座られたアリアは渋々王太子の申し出を許可してしまったのだ。
さっさと部屋から出ていってほしい思いから承諾してしまったものの、是が非でも断っておけばよかったとアリアは二日目から後悔していた。
「……この部屋に一週間もいられるだなんて!って喜んでたじゃないですか。」
「部屋はね!!、部屋はとっても素敵よ!!、でも王太子が一緒とか耐えられない……!!、というアイツはなんで平気なの!?、醜くて嫌いなやつと一つ屋根の下でしかも隣同士の部屋よ!?、嫌がらせってここまでするものなの!?!?」
ベールの上からブーゲルフードを被り身支度を終えたアリアは勢い良く鏡台の前から立ち去り、ぼすんと音を立てながらソファに座り直した。
「……もしかしてなんですけど、王太子殿下のお嬢様に対する気持ちが変わったのかもしれませんよ?」
「は?、……ありえないでしょ。」
ベールの下で真顔で言い切るアリアの顔を少ししかめた表情で眺めながら、冷やした果実水を主に渡した。
「顔が見えないから嫌いという気持ちが弱くなってたとしてもねぇ……、面と向かって顔を見せるなって言うくらいには醜い顔なのよ?、生理的に無理な相手に対して嫌悪が消えるわけないじゃない。」
「……命を賭して自分を救ってくれた相手でも?」
「あーー、死んでないから命賭してないけど、そういえば救ってたわね。」
そんなこともあったな、とアリアは果実水を飲みながら振り返っていた。
確かに、嫌いであっても眼の前で自分の代わりに刺されたらちょっとは罪悪感が沸くかもしれない……。
嫌いから、無関心というか普通ぐらいにはなる、か……。
だとしても求婚はしようと思わないな……、うーん、やっぱり"嫌がらせ"が妥当としか思えない。
もしくは政治的思惑や合理的な判断からの………
「そういえば…って、お嬢様!!、貴女お腹に癒えない傷が残ったんですよ!?、それなのにっ…、」
ぐるぐると思考を巡らせていたアリアだったが、グレタの金切り声のような訴えによって中断された。
「腹に傷ができたぐらいで何よ。醜女に傷がついたところで醜いのは変わらないから別に平気でしょ。そもそも見せることもない身体だし。」
「見せることないって……、王太子殿下の妃候補で今一番有力なのお嬢様なんですよ!?、このままいったら王太子殿下に見せることになるんですけど!!」
「一番有力候補なの!?!?、本人めちゃくちゃ希望してないのに!!、………いやいやいやいや、無理でしょう。
だって私と結婚するには呪いを解かなきゃいけないんだから、私を愛してない限り大丈夫だって。」
一瞬驚いたアリアだったが、自分と王太子の結婚条件を思い出して、「あと四ヶ月とちょっとだし〜!、」と呑気な声を出してくつろぎ始めた。
「……そんな呑気に王宮で寛いでたら、そのうち王太子殿下に絆されちゃうんじゃないですか?」
「え、ないない。確かにこの部屋は素敵だけど王太子が素敵ってわけじゃないし。」
「筋肉は素敵なんでしょ?」
「…………ノーコメントで。」
主の意味深な答えに対して問い詰めようとグレタがアリアには近寄ったのと同じくして、扉からノック音が聞こえた。
「アリア?、入ってもいいかな?」
「あっ、はい!、どうぞ。」
扉の向こうから聞こえてきた王太子の声にもう朝食の時間かと慌てたアリアは急いでソファから立ち、開いていく扉の近くで頭を垂れて王太子が現れるのを待った。
「おはよう、アリア。よく眠れたかな?」
にこやかに話しかけてくる王太子に向って表情が乗らないように注意しながらアリアは言葉を発した。
「おはようございます、王太子殿下。お陰様でよく休むことができました、心よりお礼申し上げ……」
「あ、堅苦しいのはいいから早く朝食を取りにいこう。さ、私にエスコートさせてくれ。」
頭を垂れたまま発した節度のある言葉を遮った王太子の方へと顔を向けると、物凄く機嫌の良い顔で手を差し出してきている。
アリアは少し顔をしかめながら、「はい。」と答えて手を取り、王太子と歩きはじめた。
ああ……、これが一週間も続くのか………。
と、内心辟易しながら。




