王宮に滞在だってさ、公爵令嬢。
「なんで、こうなった…………。」
お茶会から一週間後、アリアは再び王宮の前に佇んでいた。
王太子のお願いごとに了承したが最後、アウローラ王女の誕生祭が開かれる一週間前から王女の側について礼儀作法に外交の仕方や語学などが出来ているか教えつつ、王女様の精神面のサポートをする羽目になったのだ。
「こんな醜女じゃなくて、見目麗しいご令嬢方に頼めばいいのに、なんで、また………。」
馬車から降りて王宮をぼんやりと眺めつつ、アリアは気怠そうにため息をついた。
王妃教育の為に礼儀作法や社交界でのマナーを完璧に覚えたアリアであったが、どちらかというと人々の思惑が混雑する社交界は苦手であった。そもそも醜いと罵られてから、家族や公爵家以外の人間は自分を貶しているように見えてしまっているアリアは、人の目線が自分に集まることを嫌っている。
自分を素直に慕ってくれるアウローラ王女の為ならば、と引き受けたものの、誰に対しても慈愛をもって接することの出来る王女に教えることなど何一つないのではないか、とアリアは考えていた。
「……この一週間、私は何をすればいいのかしら。」
自分で荷物を馬車から降りしながら、アリアは再びため息をついた。
「アリア!!」
荷物を持って王宮へいざ参らんと歩きだしたアリアの元に、朗らかな駆け足で向かってくる影が見えた。
「………我が国の煌めく光、レオナルド王太子殿下に拝謁いたします。」
アリアはあいも変わらず、カーテシーをして恭しく向かってきた王太子に挨拶をした。
「……遠路遥々よく、来てくれた。ノウン家公爵令嬢アリア殿、顔を上げてくれ。」
別の言葉を言いたくなった王太子だったが、この前のように拒絶されないよう、アリアのお辞儀に応えるように口を開いた。
「どうかこの一週間、妹のアウローラのことをよろしく頼む。生活環境については私が責任を持って饗させていただくので、何かあれば遠慮なく言ってほしい。」
「………王太子殿下が、私を?、」
「ああそうだ。私の妻になる人だろう?、私が迎えて饗すのが真っ当では?」
目を見開いていたアリアに対してサラリと応えた王太子に、
妻候補の一人だ!!とアリアは大声で訂正したい気持ちをぐっとこらえ、
「そうですか」
とにこやかに笑って対応した。
「さて、早速君の部屋に案内しよう。君の荷物や御付きの者はどちらに?」
アリアの隣には頭を垂れた女性が一人と、何とか両手で持てば運べるサイズの鞄が一つ置かれているだけだったため、王太子は別の馬車に他の侍女や荷物が入っているのだろうと辺りを見渡して公爵家の馬車を探した。
「ここに控えている侍女のグレタと、今足元にある鞄だけです。」
「………え、それだけ??」
「ええ。これだけ。まぁ、グレタの荷物も合わせれば鞄は二つですけど。本当はもう少し小さな鞄に詰めようと思ったのですが、流石に誕生祭用のドレスが入らなくて……」
「いやいやいや!!、少なすぎないか!?、普段着であっても七着は……」
「三着あれば洗って着回せますので。普段着ニ着と、武闘用のズボンとブラウス、護身用の剣と誕生祭のドレスがあれば十分でしょう。」
「な………、」
とても公爵令嬢とは思えない持ち物の少なさに、王太子は驚いて声も出なかった。
妹達や母親が着ている普段着のドレスは一着であってもものすごく嵩張るようなパニエやペチコートを使っているため、あの鞄一つに入るとは到底思えない。
つまり、アリアの普段着のドレスはパニエ等を使っていないとても質素なものであるといえる。
会うたびに、いつも近寄ってくる令嬢たちとは違うシンプルで簡素なものを着ているとは思っていたが、まさかここまでとは思っていなかったのだ。
そもそもドレスを洗って着回すとはどうゆうことなのか。
「さ、立ち話も飽きたのでご案内をお願いできますでしょうか?」
「あ……、ああ!、案内する。荷物は私が持とう。」
アリアに促された王太子は、我に返ってアリアの荷物を持とうと行動に出た。
「……結構重いですよ、大丈夫ですか?。」
「大丈夫だ、今だって欠かさずに鍛錬してるから、君より弱くとも力ぐらいはある!」
意気揚々と荷物を持とうとする王太子の邪魔をするのも気が引けると思ったアリアは、そのまま彼に荷物を預けることにした。
「ここっ……、がっ……、はぁっ、君の………、部屋だ………。」
ぜーはー、と肩で激しく息をしながら荷物に寄りかかるように倒れ込んだ王太子が何とか声を発している。
「……だから重いと言ったじゃないですか。これで汗を拭いてください。」
憐れに思ったアリアはハンカチを出して王太子の額の汗を優しく拭き、そのままハンカチを渡した。
「…………いや、君が両手で持てるなら私でも、持てると……、にしても重すぎじゃないか??」
「鞄一つで来れるように色々と詰め込んだので。ちなみにこの鞄、王太子ぐらいなら縮こまっていただければ収納できます。」
「………恐ろしい収納力だな。」
何かあったら鞄で誘拐されることもありそうだなと縮こまりながら、王太子はハンカチで顔を拭い、ゆっくりと立ち上がった。
「……それで、君のために部屋を整えさせてもらったんだが、如何だろうか?」
アリアは王太子の言葉に反応するように部屋を見回すと、
絢爛豪華な調度品が立ち並ぶ正しくこの国の贅を尽くした部屋、ではなく、
様々な種類の木材がもつ色をそのまま活かした寝台や本棚が並ぶ、簡素でありながらも神々しく上品な空間が存在していた。
「……なに、これ………。」
「君の執務室が落ち着いていて本が沢山あったから、それを参考に誂えさせてもらったんだ。」
壁や床の大理石は木々の温かみを消さないような淡い白色で統一されており、衣装箪笥や机などの家具は全て木々の色で彩られている。
絨毯や寝具などはノウン家を象徴する青を基調とした深みのあるもので揃えられており、部屋自体が豪華さとは違う輝きを持っていた。
「…………い、」
「え?」
彼女が、漏らした声を聞き取れなかった王太子は、アリアの顔を覗き込むように見つめた。
「………とっても素敵!!、凄い……!!!、わぁ……、家具に細やかな細工がされてるのに洗練されてて美しいし、本が……沢山っ……!!」
アリアは目を輝かせて家具や本棚に向かって、無邪気な子供のように触った。
「……ちなみに君が軍記物が好きだと聞いたので、古今東西の軍記や兵法書、歴史小説を本棚に入れておいた。」
「ええっ!!、嘘っ!?、ほんとにっ!?、素敵すぎる……!!、最高だわ!!、……あっ!!、東国の戦乱もの歴史小説がっ……、そんなっ、部屋にあるだなんて……っ!!」
まるで美少年でも見たかのような黄色い声を上げながらアリアは本棚に並ぶ背表紙を確認している。
こんなに心を踊らせてキラキラと輝いているアリアを見たことがなかった王太子は、その様子を微笑みながら眺めていた。
「……気に入ってもらえただろうか?」
「もちろん、勿論よ……!!、こんなに素敵な部屋に一週間も滞在できるなんて夢みたい!、ありがとうございます、王太子殿下。」
アリアは王太子の両手を握りしめて、ベールの下で思いっきり微笑んだ。
王太子がその微笑みを見ることはできないが、その笑みは今まで彼が彼女にさせることが出来なかった心からの表情だった。
想い人から初めて手をとられたレオナルドは顔の頬を赤らめて一瞬固まったが、気取られてはマズいと咳払いをして話し始めた。
「んん"っ……、ちなみに私の部屋は隣なので、何かあれば遠慮なく訪ねてきてほしい。」
「え………、それは素敵じゃ、ない………。」
王太子の言葉に、アリアの輝いていた笑顔が一瞬で青ざめた。




